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あの懐かしくも愛おしい世界
腐要素はないはずですが香ったらすみません。
カオスとの戦いを目前にして、仲間たちは皆、思い思いの状態で安らぎを摂っていた。
向こう側のテントには、オニオンナイトとティナが早々にこもってしまったし、眠気の限界まで騒々しく談笑していたバッツとジタンに下敷きにされて、先に寝ていたスコールは寝苦しそうに眉間に皺を寄せていることだろう。こちら側のテントでは、フリオニールの枕を抱きかかえて、ティーダがいびきをかいている。寝場所をなくしたフリオニールは、外で光の戦士と火の番にあたっていた。
どんな話をしているのか、ここからでは聞き取れない。いや、別に、彼らがどんな話をしているのか、興味があったわけではない。
テントの隅に腰を下ろして、俺は、天幕の合間から漏れてくる炎のちらつきを眺めていた。
「眠れないのかい?」
俺のいるテントの中から、眠っていたはずのセシルの声がした。顔を上げてそっちを見ると、仰向けで目を閉じたセシルの口唇が、ゆっくりと動くのが見えた。
「僕もだ」
彼は、いつから起きていたのだろう。眠った方がいいことは彼も十分認識しているはずだ。
しかし、俺にそのことを注意する権利はない。彼の言うとおり、俺はフリオニールが居場所を失くして外へと向かうずっと前から、テントの片隅でうずくまり、とりとめもない思考に囚われ続けていたからだ。
「──ひとつ、気になることがある」
小さくため息をついた後、俺は、そっと呟いた。セシルは横たわったまま、俺の声に耳を傾けてくれていた。
「この戦いが終わった後、俺たちは本当に──、元の世界に戻れるのか?」
俺の言葉は力不足で、本来伝えたい意味の半分も伝えられない。本当なら、決して口に出すまいと思っていたことだから、説明するのが難しかった。
「いや、違う。俺たちが元の世界に戻れたとして、そこは本当に、『元の世界』なんだろうか」
セシルは、俺の呟きを邪魔しなかった。短い付き合いだが、俺は彼のそういうところがとても気に入っていた。
「俺たちがここに来たことで、元の世界になにか影響があるかもしれない。それに……」
コスモスがああなったことで、この世界は均衡を失ってしまっている。混沌は今にも溢れだそうとしていて、それは、この世界だけではなく、仲間たちの故郷へも影響を及ぼしているはずだった。
俺の世界だって、例外ではない。そして、その『影響』は、決して良いものではないはずだ。
なにが起きているのかなど、想像もつかない。いや、考えるのが恐ろしい。ぞく、と、背筋を駆け抜けるものを感じて、俺は、ごくりと喉を鳴らした。
「だとしたら、尚更早く帰らないと」
きっと、同じ不安はセシルの胸にもあったのだろう。セシルだけじゃない、ぐっすりと眠っている彼の胸にも、炎の前に腰掛けている彼の胸にも、燻っているものなのだろう。
「……それしか、ないんだな」
思わず、ふ、と、笑みが零れた。不安に思っても仕方がない、と、理解はしていたはずだ。それでも不安がらずにいられなかった俺の気持ちが、予想通りの言葉に慰められて、予想以上に楽になっていたことに、我ながらおかしなことだと自嘲せずにいられなかった。
「見つけたんだろ、『戦う理由』」
セシルの問いかけに、俺はそっと顔を上げた。する、と、長い髪を枕から浮かせ、振り返ったセシルの微笑みが、俺のことを見つめていた。
戦う理由──、この世界で俺がそれを見つけることができたのは、今そこで気持ちよさそうに眠っている少年のお陰でもあったし、テントの外で光の戦士と話しこんでいる青年のお陰でもあったし、ふわふわとした髪に頬を包まれている目の前の彼のお陰でもあった。
今はもう、俺は、望まない戦いに巻きこまれていたこれまでとは違う。コスモスがその身を犠牲にしてまで切り拓いてくれた道を、歩む決意は既にある。
「ああ、でも、俺は……」
この世界に呼び寄せられてからというもの、不安なら、常にいくつも存在した。記憶のない不安、元の世界に帰れるという保証のない不安──。
そしてたった今、俺がセシルに打ち明けたのは、せっかく守って、せっかく戻った懐かしいはずの世界が、自分が思い描いていたものと違うかもしれないことへの不安だ。仮定の上への仮定など、無意味なことは承知している。するべきこともわかっている。が、恐ろしさは消えはしない。
「なにかが違っていたとしても、どんな影響が出ていたとしても…、やっぱり僕は、帰りたい」
起き上がったセシルはきっと、テントの向こう側にある星空を見上げていた。ガラスを散りばめたようにきらきら瞬く星の中に、真っ白な光を放つ月が、今日も輝いていることだろう。
「──愛しているんだ」
俺は驚いて、セシルの横顔を凝視した。彼は、照れくさいほどの科白を吐いたとは思えないような清々しい微笑を浮かべて、相変わらず、天幕の向こう側を見上げていた。
他の誰かが言ったなら軽薄に聞こえる言葉でも、柔らかな彼の口唇が紡いだ音は、ひどく優しい言葉に聞こえた。だから俺は、自分の胸に聞いてみた。俺はどうだ、変わってしまった俺の世界を、俺ははたして愛せるだろうか。
答えはとても単純で、会いたい、と、帰りたい、と、心が痛いほど望んでいた。自分の手で壊してしまうのが恐ろしくて、星の平和を脅かす者がいるならば、たとえそれが自分であっても許すことができないほど、大切なあの世界を、愛していないわけがない。
「ああ、そうだな……」
胸でつかえていたものが、すう、と、楽になるのを感じた。目を閉じると、瞼の裏に思い出した記憶の片鱗が次々に浮かび起こる。
「……きっと、俺も同じだ」
人も、風も、草も、木も──、思い起こす全てが愛おしくて、早く、早く、と、胸に焦りが芽生えるほどだ。すう、と、深く息を吸いこみ、俺は静かにそれを吐き出した。
記憶と違う、世界の綻びを見つけた時、きっと俺は、悔いることになるのだろう。カオスをのさばらせてしまった自分自身に、苛立ちを感じない自信はない。
だから俺は、今はただ、戦うしかないのだ。頼りがいのある仲間とともに、コスモスの力を取り戻し、この戦いを終わらせる以外、道はないんだ。
「クラウド、僕は、君に逢えてよかったと思う」
再び目を開けた時、セシルはじっと、俺のことを見つめていた。ぎゅっと拳を握りしめて、俺は、ゆっくりと頷いた。
「俺もだ、セシル」
俺は、うまく笑えただろうか。わざとじゃない微笑みは、暗いテントの中でも、きっとセシルに俺の気持ちを伝えてくれたに違いない。
「ありがとう、いい気分で眠れそうだよ」
セシルはやはり微笑んで、めいっぱい伸びをした後、再び薄い布団の上に横になった。礼を言うのは俺の方だ、とは思ったけれど、それを口にするのはなんだからしくないようにも思えて、感謝の気持ちを抱えたまま、俺はそっと瞼を閉じた。
「ああ、おやすみ」
この世界にやって来て、もしも仲間がいなかったなら乗り越えられなかったことがたくさんあった。皆別々の場所に帰るのだとはわかっていても、今、ここに一緒にいることにいる意味に救われることもたくさんあった。
今夜また、大事なものを思い起こさせてくれた友に感謝して、俺は眠りにつこうとしていた。カオスとの戦いは、きっと熾烈を極めるだろう。それでも、決して負けられない、負けるはずがないのだという自信は、俺を安らかな夢の世界へ連れて行った。