La Lumiere

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 魔導船はガタゴトと揺れながらも、静かに空を回遊している。この静寂は、独りになりたい夜には都合がいい。生まれ出でた装飾品の山を確認して、クラウドは納得したように頷いた。
 終わりの無い航路に乗った方舟は、世界の残暦に刻まれた勇士たちの記憶を繋ぎながら飛行を続けている。度々遭遇するそれらとの戦闘は、戦いの終わりを目指す旅路とは違い、けれど、巡る螺旋に捕らわれているという意味で同一だった。
 不意に小さな音を立て、船室の扉が開く。顔を上げたクラウドの瞳に、戸を開けてその場に佇む男の影が伸びる。
 誰が訪れてもおかしくない場所ではあったが、遭遇したのが同士である彼であれば尚更、警戒する理由はない。しかし、クラウドの胸に燻る後ろめたさが戦慄として彼の身体を硬直させ、後ろ手に扉を閉じてその場に佇む光の戦士へと、容易に声をかけさせずにいた。
「休んでいたんじゃないのか」
 光の恩恵を一身に受ける騎士は、内に静かな動揺を隠すクラウドとは裏腹に、普段の抑揚で問いかけた。重厚な装備に身を包み、繰り返される戦闘を終えて尚、まったく疲労を感じさせない。
 青く塗られた鎧に武装して、鉄壁の防御と圧倒的な強さを誇る彼は、仲間たちからも特別な信頼を集めている。クラウドも、同士たちを束ねる存在である彼に揺るがない信を置く内の一人である。しかし、クラウドはその胸に直接伝えることのできない想いを秘めていて、彼を正視することができずにいた。
「…欲しいものがあったんだ。だが、済んだ」
 不自然でない応答だった。扉を背に立つ彼を見つけた視線は広げた装備を片付けるために床に落とされ、クラウドはそれ以降、顔を上げずにいた。
 日々戦闘にあけくれる毎日では、休息も重要な役割を担っている。小さな窓から見える覗く空は夜闇に彩られていて、仲間たちは貴重な安寧に微睡んでいるはずだった。
 膝をつき、戦利品を広げていた青年は、荷物をまとめながら静かに言った。
 光の戦士が、仲間の一人である彼との妙な距離感に気づいたのは、随分前になる。二人きりの空間に立てば、それが錯覚でないのだと尚更自覚することになった。
「アンタこそ、休んだんじゃなかったのか」
 平静を保とうとしたクラウドは立ち上がる。鎧の重みを引き連れながら近づく足音に、彼は漸く視線をあげた。
「クラウド」
 名を呼ぶと、彼は瞳を彩る驚きの色を強める。目鼻の先に足を止めると、見下ろす男の影に入り込んだクラウドは、引き結ぶ口唇を僅かに開く。
――なんだ?」
「ちょうどいい。君に、尋ねたいことがあった」
 伏せる視線を上向かせようと指先を伸ばし、問いかける。
「何故、君は私を見ない?」
 同じ志を宿し、見事その手にクリスタルを手に入れた彼の視線に気づいたのは、そう最近のことではない。随分前から、注がれる対の輝きに気づいていた。それなのに、応えようと顔を上げると、彼は目線を反らし、余韻も残さずにその双眸に宿る不思議な色の輝きは消え失せてしまう。
「私の見ていないところでは、私をよく見ているようだが、一向に目を合わせようとはしていない」
「……気のせいだろう」
「今もそうだ」
 細い顎に添えた指先に促されるように視線を上げた彼の大きく瞠く瞳に、漸く光が灯る。しかし、クラウドは長い金髪の合間に灯す双眸を狼狽に歪ませるばかりで、問いに答えようとはしなかった。
 彼の瞳を綺麗だと表現したのは、仲間の内の誰であったろうか。その語らいを耳に捕らえていながらも、輪から外れていた青年は、盗み見たクラウドの横顔へと、確かに、と頷いた。
 けれど、その輝きが、見つめる自分を捕らえることはなかった。今、半ば強引に交差させた視線に滲んでいるのは、その瞳を曇らせる当惑だった。
 光の戦士は嘆息した。
「すまない。困らせたようだ」
 それ以上の追求は、相手を傷つけるような気がした。他の仲間たちが側にいる日頃とは違い、偶然の巡り合わせの生んだこの瞬間を、互いに持て余してしまう。背を向けて戻ろうとする青年の背に、彼は重い口唇を開いた。
「アンタに、謝らなくてはならないことがある」
 脚を止めて振り返ると、俯き気味の金髪の合間に揺れる双眸に目を奪われた。控えめに零す彼の呟きを聞き漏らさないように、青年は沈黙のまま、続きを促した。
「……アンタは、俺の大切だった人に似ている」
 片眉が強張ったのは、無意識の変化だった。
「俺は、ずっとその人を…その人の光を、追いかけていた」
 彼の言う、その人、が、誰なのかはわからなかった。
「…大切、だった?」
 言葉尻を捉えた声に、クラウドは痛切に眉を寄せた。
 歯車が狂い出したのは、いつのことだったろうか。今更それを憂うのも意味の無いことのようにも思う。今や、彼の纏う光は闇色に彩りを変え、追いかけていたはずの道は遠く離れてしまっていた。
「その人は、もういない。わかってるんだ」
 過去形で紡がれるその旋律が、どことなく悲痛に響いている。それに静かに耳を傾けていた光の戦士のため息が、空を走る魔導船の船室に溶ける。
――すまない」
 気がついた時、名前も、過去も失くした状態で、ただ存在を許されている自分が居た。両足で立つ世界すらもあやふやで、留まる場所を見つけられない時に、射し込む光の導くまま、剣を取った。同じ光の下に集った仲間たちとの喧騒の中で、所在の不明瞭な自分の空虚さも忘れつつあった。
「何故、謝る?」
 静かに問うと、彼は声を詰まらせた。脇に垂らす拳がぴくりと動いて、彼は傾いだ胸を落ち着けるように深い呼吸に胸を膨らませた。
「誰かの代わりにされるのは、気分がいいものじゃないだろう」
 自嘲気味に笑うクラウドに、そしてそれを見つめる光の戦士の胸に、静かな痛みが走った。
 無意識に、クラウドは【彼】の面影を、この男に当て嵌めてしまっていた。屈強で、実直なこの男は、光の字を掲げるに相応しい輝きを放っている。
 眩いほどのそれを、直視することができなかった。その威光は、かつて自分が追いかけていたものとよく似ていた。
 違う者の影をその光に見出すことが、相手を愚弄しているような気がしてならなかった。相手が、存在の在り処さえ不明であるかの戦士であれば尚更、クラウドを躊躇させ、後ろめたくさせていた。
 見出すことができなかった相手から零れだす本心を理解した青年は、ふと口許を緩め、呟いた。
「仲間に不安を与えるとは、私の未熟さが原因か」
 自嘲めいたその言葉に、クラウドは慌てて顔を起こす。
 自分の脆弱な甘えに因って、彼の輝きを翳らせることを何よりも畏れていたからだ。かつて失ってしまった、あの銀の輝きのように。
「輝きは、決して易々と、絶やされるものではない。見えなくとも、必ずそこにあるものだ」
 見上げたクラウドの双眸に、自分へと注がれる彼の瞳を、久し振りに見た。決して曇りなどなく、焼かれるように煌く眼光は、けれど今は優しく、包み込むようにこちらを見つめている。
「君の捜し求めていた光も、今もこれからも、変わらずどこかで続いているのだろう。…私が、こうしてここに在るように」
 光の戦士の腕が、それをとるのを待望し、クラウドに伸ばされていた。
 迷い、憂い、惑うことがあっても、自分は変わらずそこに在り続けている。ウォーリア・オブ・ライトの名に相応しく、まさに光だと呼んでくれた、仲間の側に佇む限り。
 静かに紡がれていく言葉に、俄かに反応できずにいるクラウドへと、彼は続けた。
「その証明として、私は輝き続けよう。光はいつも、我らと共に在る」
 屈託も無く、確固たる意思と共に、戦士の零した微笑みに、記憶の彼方で凍り付いていた片鱗が、花弁のように萌えた。
【 さあ、行こうか 】
 流れるような銀髪に、細められた魔晄の輝き。差し伸べられる英雄の掌へと伸ばした幼い腕は今や、自分へと伸ばされる光の戦士のそれを緩やかに握り締めた。
「……ああ」
 不意に漏らした彼の微笑はまるで、風に揺れる硬い蕾の綻ぶようで、それは驚くほど鮮烈に光を抱く青年の胸に染み込んだ。どうした、と、問うように見上げるクラウドの視線は、もはや逃げようとはせずに自身を見上げている。
「いや…、なんでもない」
 軽く首を振ると、輪郭を包み込む銀髪が微かに揺れた。取った手を握り返して離そうとはしないまま、踵を返して歩みだす。
 掌に感じる温もりは、日頃振るう剣の重みとは異なり、存外に心地よい柔らかさを持っている。その先が、確かに目指す道に続くと信じて、肩を並べる眷属たちは再び、戦いの待つ世界へと降り立っていった。

【 END 】