aphrodisiac

S×C前提、媚薬注意

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 今日は朝からついてなかった。そもそも寝坊したのは、もとはといえばセフィロスのせいだ。
 人の都合などまるで知らない傲慢さにすっかり翻弄されて、昨夜も散々弄ばれた。定期の仕事に遅れそうだと急くクラウドを、またも彼の我儘に振り回そうとして、それを振り切るのにも苦労した。それでいて、なんとか客先に定刻に辿り着いてみれば、定休日の看板に愕然とした。
 デリバリーサービスを営むようになって暫く、細々とした商売ではあったけれど、評判も上々でビジネスは好調だった。道中、危険な道を行かなければならないこともある。
 だからこそ、クラウドの宅配業務が繁盛していたわけだけれど、この日はモンスターの討伐に手間取り、重要な荷物を落とすという失態をおかしてしまった。泥まみれになったそれを探すために一度通った道を戻らなければならず、時間に追われる身にかかる負担は少なくはなかった。
 瑣末なトラブルに見舞われながらも、一日の業務に飛び込みの仕事も何件かこなして、目処がつく頃にはすっかり西陽が射し込んでいた。帰路についたけれど、フェンリルの機嫌がどうにも悪かった。それは先日から引き摺っていたことではあったけれど、一日の業務を終えればそれはやはり顕著になった。
 懇意にしているショップに立ち寄ったクラウドは、激しく後悔した。先日から彼の携帯を騒がせていた神羅の連中は、ようやく出会った待ち人を逃がそうとしない。
 いつ来るかもわからないにも関わらず、どうやら数日の間待ち伏せていたらしい。自宅を訪れない様子を見ると、どうやら少なくとも、クラウドの同居している男に対しては、内密にしたい話のようだ。それがそもそも気に入らなかったし、クラウドの嫌な予感は今日に限って的中し通しだった。
「俺になんの用だ」
「かけたまえ」
「つまらない用件ならお断りだ」
「コーヒーに砂糖とミルクは?」
「帰るぞ」
 ルーファウスは肩で息をした。ヒーリンの事務所は以前訪れたときよりも家具が増えている。二つ並んだソファの一つに促されるけれど、クラウドは扉を背にしたまま、それ以上近づこうとしなかった。
 顔を上げた若者の性質の悪さは知っている。その笑みに含まる意味は、きっと自分にとってはいいものではないだろう。敵意ともとれる警戒心を剥き出しにしたまま、クラウドはルーファウスを睨み付けていた。
「そう噛みつくな。決して悪い話をしようというんじゃない」
 そうは言うけれど、疑わしさは晴れるはずもない。依然和らぐことのない突き刺さる視線に肩を竦めると、いつものタークスもいない室内に、彼の淹れるコーヒーの薫りが広がっていった。
「お前に、頼みたいことがある」
「お断りだ」
「まだ何も言っていない」
「どうせろくでもないことだろう」
「残念だが、今回は拒否権はない」
 クラウドは更に眉間の皺を深くした。ルーファウスは、クラウドの席を空けて、ゆったりとソファに腰を下ろす。
 以前に同じ場所で会った時は、自動車椅子に腰を下ろし、その身に深い星痕を刻んでいたにも関らず、今目の前に居る彼は、悠然とそこに着座している。カップの淵を象る口唇は緩やかなカーブを刻んだままで、顔を険しくするクラウドの表情を楽しんですら居るようだった。
「例の一件、お前たちの戦闘で、エッジの町は甚大な被害を被った。建設中であった我が神羅カンパニー新社屋も同様だ。この損害の、責任を取ってもらいたい」
 星痕の消えたあの日、エッジを襲った召喚獣は、新しい街を理性無く蹂躙した。それを撃墜した際の物損は確かに眼を覆いたくなるほどのものであったけれど、それを彼に押し付けられる筋合いはない。
 不服を言いたげな視線を受けるけれど、ルーファウスは余裕のあるソファに上背を凭れ、端然としたまま微笑むばかりだ。
「共同戦線を断ったのは、お前の方だったろう?」
 確かに、珍しいようにも思える彼の殊勝な頼みを無下にしたのはクラウドだ。同じ場所で、同じように対峙しているけれど、あの時とは立場が逆転している。
「それだけじゃない」
「……なんだ」
 二つのソファの間には背の低い机が寝そべっていて、ルーファウスはその上に、幾枚かの書類を差し出した。訝しげに眉を寄せるクラウドに、それを見てみろといわんばかりの視線が送られる。扉を背にしたクラウドは、そこを動くことで既に彼の掌中に登るような気がして、あまり気乗りはしなかったにせよ、彼の言わんとする事実が気になる気持ちも確かにあった。
 数歩を刻み、ルーファウスを睨むように視線の先に捕らえたまま、クラウドは書類を拾い上げた。ようやく書類に眼を落とすと、まずはその額面に驚愕した。
 一の位から数えて、驚く程の零が並んでいる。そしてその詳細項目を確認したクラウドは、更に愕然とした。
「おい、これは…」
「教会の使用料、仕出し料理の代金、新郎新婦の衣装に介添料、ケーキ、装花、写真代」
「おい」
「ゴールドソーサーのチケット代、宿泊代……まだまだあるが、とりあえずは友情価格にしておいた」
「これのどこが友情価格だ」
「お前は、神羅カンパニーに対して大きな借りがある」
 不満げに言い返したけれど、ルーファウスの含み笑いに、反発も無意味なものと知る。彼の協力的な姿勢はこのための布石だったのかと、そう思えば歯痒さすら覚えるほどだ。
「…なにをさせたい?」
 ルーファウスが、酷薄な笑みを浮かべた。
 断ち切りたい縁ではあるけれど、決して薄くはないそれが、クラウドのいやな予感を確信に変えていた。外堀を埋めたルーファウスは、彼に逃げ道を残さない。彼の右手が緩やかに伸ばされて、クラウドの為に残されたスペースを指し示す。
「かけたまえ」
 手に持つ書類には、億単位の数字が無情にも刻まれている。握り締めるクラウドの指先がそれに皺を刻みつけ、コーヒーの湯気のゆらめきの向こうに嫣然と笑む偽善者を睨み付けながら、彼はゆっくりと、ソファに腰を下ろした。
「お前の為に特別に用意した。お気に召すといいんだが」
 ようやく同じ目線に立って、ルーファウスは生成り色のカップを指し示した。
 この男は、クラウドの機嫌を損ねる天才だ。しかもそれがわざとであるのだから、まったくもって性質が悪い。
 要領を得ない彼の言動に辟易して、クラウドは言った。
「暇じゃない。さっさと話せ」
「私に命令できるほど、お前は偉いのか?」
 時折見せるルーファウスの冷たい視線が、クラウドに注がれた。その伏線を回収しないことには、先に進めないらしい。相手の掌の上に居るようで不快ではあったけれど、クラウドはカップに薄い口唇をつけた。
 その様子を見届けて、ルーファウスは口隅に刻む笑みを深め、緩やかに話し始めた。
「知っての通り、我が神羅カンパニーは、かつては魔晄エネルギーの加工と供給によって発展、繁栄してきた。しかし、もはや魔晄をビジネスとして利用するのは時代遅れだ。再建プロジェクトとして、我々は新たな事業をはじめることとした」
 苦いコーヒーの粘つきに、クラウドは眉を顰める。耳に届く話は予想通り愉快な内容ではなく、それもやはり、クラウドが貌を顰める理由の一つになった。
「星痕症候群の治療法を探求していた頃、我々はニビ熊の尾を回収していた。それから生成された薬品が病状の苦痛を和らげるとあって、苦痛に苛まれる世界を救うため、迅速に普及させることが目的だった」
「大方、高額で売りさばこうとでもしていたんだろう」
「人聞きの悪い」
 ルーファウスは緩やかに首を振る。拭えない胡散臭さをかもし出しながら、彼は続けた。
「星痕の完治した今、在庫処分に困っていてね。これを代用した、新たなビジネスを始めることを思い立った」
 ぞくりと、背筋に震えが走った。肌の上を言いようの無い寒気が這い上がって、躯の芯が熱く奮える。身震いしたクラウドを見詰める、ルーファウスの口唇に酷薄な笑みが浮かんだ。
「興奮剤はそもそも、その依存性が高いことが問題視されていた。いかり状態の齎す効力は絶大で、一度摂取すれば多様な恩恵を与えるが、製法と使用法を誤れば、精神と肉体とを易々と崩壊させる」
――おい」
「その点神羅カンパニーの新商品は、たった一つの効果にのみ特化されたもので、しかも厄災に怯えることのなくなった現代のニーズにもよくマッチしている」
「ルーファウス」
 クラウドの両肩が、震えている。鍛えられた両腕を曲げ、肘を掴む身を縮める男の青く澄んだ瞳の煌きは、ルーファウスの好む色彩を滲ませていた。
「その様子だと、悪くはないようだ」
 端正な顔立ちの、口唇だけが斜めに歪んでいる。浸透していく怖気にも似た興奮に身震いし、クラウドは彼を睨めあげた。
「何故、俺を……」
 口を開けば、熱い呼吸の漏れるのがわかり、クラウドは粘つく喉に無理やり唾液を流し込んだ。ソファに沈めていた身を乗り出して、悠々とその様を堪能する男は、当然のように言ってのけた。
「人道的企業である神羅カンパニーが、薬剤の試作品に一般人を利用するわけにいかないだろう?」
 立ち上がる男の、プレスのきいたスーツが流れるような音を立てた。俯瞰する男の瞳には、労わろうなどという温情は微塵も無い。
 彼の前に居ると、奥底にひた隠す、その身に刻まれる呪われた罪悪を見透かされるようで、反吐が出る。身を縮め、内側から侵食する奮えを噛み締めるクラウドは、今朝からの不運の連続を恨んだ。
「協力してもらうぞ、元ソルジャー、クラウド」
 ルーファウスの口唇が、嫣然と笑みを連ねた。遅くなると連絡し忘れたことを、クラウドは今更ながら後悔した。
 

→ to be continued...?
【 END 】