JOKER

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「なんでだ!?」
 大きなベッドの上に何枚ものカードが広がっている。一枚残った手持ちのカードをその山に投げつけて、クラウドは息を荒げた。
 横向きに寝そべりながら肘をついて、セフィロスは垂れた長い前髪を耳にかける。既に何回も繰り返したゲームを終えて、連敗を決め込んだ恋人を見上げて、蒼碧色の瞳を細めた。
「さあ、もういいだろう。お前の負けだ」
「ありえない。十三連敗だぞ」
「それだけお前が弱いということさ」
「アンタ、カードになんか仕掛けたろう」
 トランプを持ち出したのは、クラウドの方だった。
 眠りにつく前のひと時を過ごすのに、セフィロスの部屋は余りにも閑散としていて味気ない。平穏な日常を、少しばかり刺激させようと思っただけだった。
 けれど、こんな子供だましのような遊びに夢中になったのは、たかがババ抜きですら、一度もこの英雄に勝てなかったからだ。
 顔を赤くして息巻く少年に、寛いだままの格好で首を振る。
「それを持ってきたのは、お前のほうじゃないのか」
「それは…」
 買ったばかりのトランプを持ち込んで、封を切ったのもクラウドだ。そうであれば、イカサマのし様もない。
 クラウドは言葉を詰まらせ、ベッドの上で胡坐をかきながら、散乱したカードを集め寄せた。
「だって…おかしいだろう。なんで一度も勝てないんだ」
「お前が弱いからだろう」
「関係ない。確率は二分の一のはずだろ」
 ぶつくさと愚痴を零す少年を眺めていたセフィロスは、ふ、と小さく息を漏らした。
 腕を伸ばすと、裸の胸に羽織る薄地のシャツが波を作った。不貞腐れた少年の頬に指先を添えて、セフィロスは他の者には決して見せない、穏やかな笑みを浮かべた。
「お前の顔は、わかりやすい」
 眼を大きく開いて見下ろすと、端整な顔に思わずクラウドは息を詰まらせた。
 彼を直視することに、未だ慣れない。それは、かつて自分が憧れていた相手であることも当然だが、魔晄を浴びた証であるその瞳が、余りに自分を真っ直ぐ見つめてくるからだ。
 からくりを悟って、少年は慌てた様子でその手を振り払い、再び声を荒げる。
「な…っ、やっぱり、インチキじゃないか」
「ポーカーフェイスはゲームの基本だろう。単純な奴だ」
「単純じゃない、本気なだけだ」
「こんな遊びよりも、お前を見ている方が面白い」
 ゆっくりと起き上がって、セフィロスは払われた腕を少年の肩に乗せ、軽く押しやった。そのまま後ろに倒れる少年の手にまとめられていたカードが零れ落ちる。
 洗濯されたばかりのシーツに押し倒されて、少年は軽く眉を歪ませた。見上げると、先程と同じ笑みを浮かべたままの英雄が其処に居る。
 肩を押さえた腕がノースリーブから伸びる少年の腕を辿り、残るカードを握り締めていた掌を拾い持ち上げると、カードはパラパラと舞い落ちて、クラウドは顔にそれがかからないようにと、戸惑う表情のまま、視線を倒した。
「っ…、いきなり、何するんだ」
「ゲームの勝者には、ご褒美があってもいいだろう?」
「ご褒美…?」
「もっと、色んな顔を見せてくれ」
 捕らえた指先にそっと口付けて、セフィロスは甘く囁く。緊張に閉じた体を和らげる優しいキスに、小さな胸が跳ねる。
 その鼓動はだんだんと早くなり、クラウドは捕らわれた腕を引こうと力を入れた。
「離してくれ…ッ」
「十三連敗した分、たっぷりと奉仕してもらおうか」
「な、何言ってるんだ、あんなのただの遊びだろう!?」
「本気でやったんじゃないのか?」
 引き寄せた腕をそのまま押さえ込んで、顔を一気に近づける。口唇が触れそうなほどの距離。
 キスされる、と、未だ慣れない行為を予想して、クラウドは緊張に眉を寄せて、強く瞳を閉じた。震えるその姿は初々しく、そして愛おしく、英雄は柄にも無い笑みを零して、暫しその様子を眺めていた。
 訝しんで薄っすらと瞳を開く少年の頬を手の甲で撫でると、細長い指先が目尻を引っかくように突ついた。
「やはり、お前は面白いな」
 クラウドの震える口唇が口答えをするよりも早く、笑みを刻む自分の口唇でそれを塞ぐ。くぐもった言葉はやがて濡れた吐息に代わり、緊張に戦慄く体はその腕の中で歓喜に震えた。
 カードの散らばるベッドの上で、二つの肢体が絡まりあう。ひらひらと舞うジョーカーが、やがてゆっくりと床に舞い落ちた。

【 END 】