- NOVEL
- Final Fantasy 7
- Sephiroth x Cloud
- おかしてやろうか? それとも…
おかしてやろうか? それとも…
ショタ注意
あるところに、一人の青年がおりました。彼の名はセフィロス。神羅カンパニーのソルジャーです。
セフィロスは戦争に出かけ、数々の功績をあげてきました。人は、彼を『英雄』と呼びました。しかし彼は、実は、恐ろしい実験から生まれた、『怪物』だったのです。
セフィロスは、自分が怪物だったということを知り、深く悲しみました。悲しみ、苦しみ、怒り、憎み、彼は本当に、モンスターになってしまいました。
セフィロスは、世界に罰を与えようと決意して、その手始めに、ニブルヘイムという村を焼きました。次に彼は、セフィロスに細胞を分け与えた、母・ジェノバを探し求め、ニブル魔晄炉を訪れました。
魔晄炉で母親と再会したも束の間、セフィロスを邪魔しにきた人間がおりました。彼の名はクラウド。神羅カンパニーのしがない一般兵でした。
クラウドはセフィロスに襲いかかり、セフィロスを剣で突き刺しました。セフィロスは応戦しましたが、魔晄炉に突き落とされ、ライフストリームの渦に迷いこんでしまいました。
ライフストリーム、それは、世界を巡る精神エネルギー。さまざまな意識が飽和していて、セフィロスを取りこもうとしてきます。
しかし、モンスターであるセフィロスは、星に還ることができません。けれど、彼は悲観しておりませんでした。彼はライフストリームに溶けこまず、逆に、ライフストリームを取りこもうとしたのです。
ライフストリームは危険を察知し、セフィロスを隔離しました。セフィロスの意識は、ライフストリームの中にある、神羅屋敷という場所に閉じこめられてしまいました。
「厄介なことをしてくれたものだ」
セフィロスは、忌々しげに呟きました。彼は、神羅屋敷の扉の内側に佇んでいました。
そこは、ニブルヘイム村にあった神羅屋敷そのものでした。実際の神羅屋敷に関わるライフストリームの知識が具現化したものなのだから、当然のことでした。
しかし、外へ続くはずの重い扉は、押しても引いても動きません。内側からは決して開けられないようになっていたのです。
もちろん、セフィロスは、もう何度もその扉を壊そうと試みました。けれど、幾百幾千のバトルを共にした妖刀、正宗でも、その扉を壊すことはできませんでした。
「忌々しい」
セフィロスは嘆息し、歩き出しました。刀を携えて歩くセフィロスの足音が、屋敷中に響き渡りました。
ライフストリームの中に、時間の概念などありません。彼は、もう何日そこにいるのか、何カ月か、何年かもわからずに、永遠に閉じ込められる運命なのです。
屋敷の中には、様々なモンスターがおりました。そこは、セフィロスのようにライフストリームに紛れこんできたモンスターを収容する、隔離施設だったのです。
モンスターたちは、セフィロスを『仲間』として認識し、決して襲いかかろうとしませんでした。しかし、懐いてこようとするモンスターたちは、セフィロスにとって面白くない存在でした。
セフィロスは苛立ちを発散すべく、モンスターに片っぱしから襲いかかりました。しかし、どんなに倒そうとしても、『知識』という存在である彼らを滅ぼすことはできませんでした。
セフィロスは、モンスターを石に変えました。多くのモンスターを石に変えることで、屋敷の中は随分静かになりました。
セフィロスはモンスターでしたが、モンスターではセフィロスの話し相手にもなれません。
気の毒なセフィロス。可哀想なセフィロス。憐れな彼を救うには、どうしたらよいのでしょうか。
「目障りだ」
二階に続く階段の上に、一匹のモンスターがおりました。かぼちゃの頭をして、ふわふわと空中を漂っているそれは、ファニーフェイスという名前でした。
「私の前から消えろ。お前も石になりたいのか?」
階段を上ろうとしていたセフィロスは、低い声で言いました。恐ろしい顔で凄まれて、ファニーフェイスはくるりと身を翻し、全速力で逃げて行きました。
それは、多くのモンスターたちが石にされていった中で、たった一匹だけ残ったモンスターでした。奥の方に逃げ隠れていたから、取り残されていたのです。
セフィロスは、他の物をすべて石に変えてしまっておりましたが、もはや、わざわざそのたった一匹を捕まえて石にする気もないようでした。もしかしたら、最後の一匹もいなくなって、このおかしな世界で本当にたった一人になることを恐れていたのかもしれません。
空中へ逃げ出したファニーフェイスは窓に寄り添い、二階へ上っていくセフィロスの後ろ姿を眺めておりました。石になったモンスターたちを避けて、銀色の髪を揺らして歩くセフィロスの姿は、なんだか寂しそうに見えました。
どうにかして、彼をここから出してやれないかしら。ファニーフェイスは考えました。
中から開けられない扉は、外から開けるしかないありません。しかし、神羅屋敷は、現実でもライフストリームの中でも、モンスターの巣窟として敬遠されておりましたので、わざわざ訪れようという者は滅多におりません。
ファニーフェイス自身も、屋敷に閉じこめられた身でありましたので、外に行って誰かを連れてくるわけにもいきません。ファニーフェイスは紫色の息を吐き出して、悲しい気持ちで窓の向こうを見つめておりました。
ある日のこと。いつものように、ファニーフェイスが外を眺めていましたら、おかしな出来事がおきました。屋敷の門のところに、子供たちの姿が見えるではありませんか!
ライフストリームの中は、現実の時間軸とずれていましたから、未来と過去と現在がごちゃ混ぜになっているのです。それが、いつの時代の出来事で、誰の記 憶なのかは定かではありませんでしたが、『誰かが神羅屋敷を訪れた』という記憶が、ライフストリームの中の神羅屋敷に結びついたのでしょう。
この機会を逃す手はありません。ファニーフェイスは興奮し、勢いよく体を揺らしました。
前にも、こういうことはありました。白衣を着た人間や、村人たちが屋敷を訪ねてきたことがありましたが、彼らはどれも『人間』でしたので、『モンスターだけしか入れない』この世界の扉を開けることはできませんでした。
今回の子供たちも、そうなるかもしれません。けれど、期待しないわけにもいきませんでした。ファニーフェイスはゆさゆさと体を揺さぶって、彼らが入ってきて扉を開けてくれることを必死に祈りました。
四人の子供たちは、暫く迷っておりましたが、やがてくるりと踵を返し、行ってしまいました。ファニーフェイスはがっかりして、しゅん、と落ちこんでしまいました。
それも束の間。一人の少年が、神羅屋敷に近づいてきました。ファニーフェイスは驚いて、かぼちゃ頭をビクリと強張らせました。
こっちへ来い、こっちへ来い、と、ファニーフェイスは念じました。笑った形にくりぬかれた頭を窓に打ちつけましたが、音が外に届くはずもありません。
なんとか気づいてもらおうと、ファニーフェイスは窓辺でくるくると踊ってみせました。するとどうでしょう! 魔法使いの格好をした少年が、屋敷に近づいてくるではありませんか!
ファニーフェイスは喜びました。あの小さな少年がこの世界の扉を開けてくれるのを、いまかいまかと待ち侘びておりました。
しかし、彼が訪れてくれたとしても、いつものように扉が繋がらない可能性もありました。ファニーフェイスがドキドキしながら待っていると、コンコン、と、扉を叩く音が響きました。
ついさっきまで、暴れるほどに踊っていたファニーフェイスでしたが、あまりの驚きに硬直してしまいました。この世界の扉が叩かれたのは、初めてだったからです。
「ごめんください」
続いて、ドアの向こうから子供の声がしました。ファニーフェイスは更に驚いて、周りにあった石像の陰に思わず隠れました。
まさか、本当にこんな日がやってくるだなんて! 興奮して、ファニーフェイスが息を潜めて見守る中、世界の扉が開かれました。
「うわっ!?」
少年は、大声で叫びました。ライフストリームが閉じこめていた空気が割れて、眩い光が弾けました。
こんなことが、本当にあるのだろうか。頭から生えた薄い手足がびりびりと痺れるのを感じながら、ファニーフェイスは喜びに震えておりました。
ファニーフェイスは知りませんでしたが、年に一度、死者の世界と生者の世界がまじりあう特別な日があるのです。どこかの誰かの、ハロウィンの日の記憶――。それがライフストリームに結びつき、奇跡を起こしました。
それがどれだけ特別であるかを知らず、少年は続けて、大きな悲鳴をあげました。
「うわぁあっ!?」
少年は、立ち並ぶモンスターの石像に驚いたようでした。ファニーフェイスは楽しくなって、彼の様子をよくよく観察していました。
「お、俺は魔法使いだぞ! 魔法でやっつけてやるぞ!」
彼は、持っていたホウキを掲げて、震える声で叫びました。その手には、ファニーフェイスの頭と同じ形をしたバスケットが握られています。
彼が、モンスターの格好をした人間なのか、人間の格好をしたモンスターなのか、ファニーフェイスにはわかりませんでした。けれど、人間でもありモンスターでもある子供が、人間の世界とモンスターの世界を繋げたことは事実だったのです。
「なんだ…」
彼を驚かせたものが石であったことに気づき、少年は安心したようでした。ファニーフェイスは嬉しくて、おかしくなって、石像の陰からふわりと浮きあがりました。
「きっと、勘違いだったんだ」
地面に転がっていた仲間を蹴り飛ばし、少年は帰ろうとしました。
帰らないで! ファニーフェイスは叫びました。
モンスターの声が届いたのでしょうか。少年は振り返り、ファニーフェイスを見つけて、声をあげました。
「あ――――ッ!?」
少年に見つかったことを、ファニーフェイスは喜びました。その一方で、少年はひどく驚いた様子で、その場に突っ立ち、唖然とした口を閉められないでおりました。
「待て!」
宙を泳ぐファニーフェイスを追いかけて、少年は走り出しました。らせん状に伸びる階段を上る軽い足音が、神羅屋敷に響き渡りました。
床が軋むギシギシという音が、まるで楽しい音楽のようでした。二階にやってきた少年と向き合って、ファニーフェイスはさけた口許をさらに歪めて、ニタニタと笑っておりました。
「石じゃないの、お前だけなのか?」
少年は尋ねました。紫色のとんがり帽子を被り、長いマントを羽織った彼は、おとぎ話に出てくる魔法使いそのものでした。
早く、セフィロスに知らせなければ。誰かがやってきたと知ったら、きっと彼も驚くだろう。
ファニーフェイスはくるんと身を翻すと、再び飛び始めました。ファニーフェイスを呼び止めようと、少年が声をあげました。
「おい!」
しかし、ファニーフェイスは構わずに、左の廊下の先の部屋へと向かっていきました。閉まった扉をすり抜けて、ファニーフェイスは中へと入っていきました。
そこには、埃を被ったベッドが二つ、仲良くならんでおりました。一番端の寝台に、セフィロスが眠っていました。
彼にとって、屋敷に閉じこめられていることと、眠っていることに大きな違いはありませんでした。煩わしさを感じなくて済む分、眠ったほうが彼にとってはいくらかマシだったかもしれません。
小さな音をたてて、扉を開き、少年が中を覗きこみました。もうちょっと、もうすぐだ。ファニーフェイスは体を回し、少年をセフィロスの近くへといざないました。
少年は、横たわるセフィロスに気づいたようでした。ファニーフェイスは身を翻し、部屋の外へと飛んでいきました。
繋がるはずのない世界が繋がり、出会うはずのない二人が出会った。それがどんな結果をもたらすのか、ファニーフェイスはドキドキしながら、こっそり見守っておりました。
「あの……」
少年はベッドの中を覗きこみ、ベッドに寝そべるセフィロスに、小さな声で話しかけました。しかし、セフィロスはクラウドに気づいた気配もなく、そのまま静かに眠り続けていました。
普段は冷徹で冷血なセフィロスでしたが、穏やかな寝息を刻む彼は、まるで人形のように美しい容姿をしておりました。少年は思わず見惚れてしまい、しばらくその姿を眺めておりました。
「あの……ッ!?」
少年が気持ち大きめの声を出し、そっとシーツに体重をかけた瞬間、彼は痛いほどに強い力で、ベッドに引き倒されました。
それは、咄嗟の反応でした。長い間独りでいても、かつて英雄と呼ばれたセフィロスの反射神経は、まったく鈍っておりませんでした。
「痛――――ッ」
ホウキを落とし、ベッドの上にお菓子をばら蒔いて、少年はジタバタと暴れて抵抗しました。
反射的に賊を捕らえたセフィロスでしたが、彼は、心底驚いていました。まさか、こんなところで人に会うなんて、夢にも思っていなかったのです。
「何者だ?」
驚きを堪えた低い声で、セフィロスは尋ねました。少年は胸を押さえつけられ、息苦しそうに呻くばかりで、答えることができないようでした。
「うぐ…離せ…!」
「何者だ、と聞いている」
苦しそうに、胸を押さえているセフィロスの手を引っ掻いて、少年は抵抗しました。セフィロスは眉を寄せて、彼を圧す力を弱める代わりに、少年の腕をぐい、と引っ張り、シーツの上に押さえつけました。
被っていた帽子が浮いて、少年の顔がはっきりと見えました。セフィロスは驚きました。ツンツン跳ねた金色の髪に、くりくりとした大きな眼――。彼は、ニブル魔晄炉にセフィロスを投げこんだ、クラウドにそっくりではありませんか!
「離せ、離せよ!」
なんということでしょう。彼は、本当にあのクラウドなのでしょうか。
見たところまだ子供だし、妙ちくりんな格好をしています。
散々暴れまくった少年は、どうやら無駄な抵抗と悟ったようで、口唇をきゅ、と結び、セフィロスを睨みあげました。
「ぉ…俺は、クラウド。魔法使いのクラウドだ!」
涙を溢さないようにしっかと眼を剥いて、少年は叫びました。やはり、彼はクラウドだったのです。しかし、彼はセフィロスの知るクラウドとは別のクラウドのようでした。
どこから来たのか、なぜここにいるのか。いくつもの問いが脳裏に浮かびます。
驚愕するセフィロスを威嚇するように、クラウドは言いました。
「おかしをてくれなきゃ、いたずらするぞ!」
あんまり驚いたからなのか、セフィロスは彼が何を言っているのか、よく理解できませんでした。
こいつは、一体何を言っているのだろう。聞き間違いだろうか、頭がおかしいのは自分か、相手か――。
眉を寄せ、怪訝な顔でいるセフィロスに、クラウドは再び言いました。
「おかしをてくれなきゃ、いたずらするぞ!!」
セフィロスは、呆気にとられてしまいました。半べそで怒鳴り声をあげた少年は、セフィロスを苦しげに睨みあげておりました。
二人の周りにはお菓子が散らばっていましたが、ライフストリームの片隅に閉じこめられていたセフィロスが、お菓子を持っているはずもありません。
「ほう」
セフィロスは、ゆっくりと笑みを浮かべました。それは、彼がここに閉じ込められてから、初めてのことでした。
ゾクゾクと、背筋が凍るような思いがして、クラウドはぶるりと体を震わせました。様子を窺っていたファニーフェイスも、恐ろしくなって一目散に逃げ出しました。
その後、二人がどうなったのかは、誰も知りません。見たものはおらず、聞いたものもおりません。
誰もいなくなった神羅屋敷はライフストリームの海に溶け、石になったモンスターたちは浄化され、星の循環に合流しました。
しかし、消えてなくなったわけではありません。ライフストリームは全てを包み、繋いでいく絆。泡沫となった彼らの思い出も、やがていつか、繋がる時がくるかもしれません。
ハロウィンの夜の思い出が、遠い未来で奇跡を引き起こしたように。星が巡っていく限り、物語は続いていくのですから。