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 扉を開くと、ザックスは少しだけ赤らんだ顔に無邪気な笑みを浮かべて、迎えるクラウドを見下ろしていた。
 夜も深いというのに、神羅軍所属の一兵士として日夜激務に追われるクラウドが、既に休んでいるかもしれないなどとは考えなかったのだろうか。たとえもしそうだったとしても、起きてこの扉を開けてくれるだろうと確信めいた自信が彼にはあった。
 ザックスの予想通り、クラウドは、ぶっすりとした、恋人を迎えるにしては余りにも不細工な表情で、そこに立っていた。
「よ」
「……今、何時だと思ってるんだ?」
「えーと…二時、半?」
「そういう意味じゃない」
 不満そうに言うクラウドは、彼がどこに行っていたのかを知っていた。終戦後しばらくのゴタゴタも休まり、ここ暫くは平穏な日が続いている。
 ザックスは無遠慮に狭い部屋の奥へとズカズカ侵入してくる。クラウドは、ため息を一つこぼし、部屋のチェーンロックをカチャリと閉めた。
「起こした?」
「寝るとこだった」
「ならギリセーフか」
「じゃないだろ。俺の部屋を宿がわりにするなよ」
「いいだろ、ちょうどベッドひとつ空いてんだから」
 ザックスの言う通り、二人部屋が基本の兵舎において、クラウドは珍しく一人部屋だった。天下のクラスソルジャー1stに対し、憎まれ口を叩くなどということは、通常であれば考えられない。
 しかし、この二人の関係を鑑みれば、それもごく自然のことだった。クラウドを尻目に、ザックスは背負う大刀を降ろしてベッドサイドにそれを立て掛ける。
「カンセルやルクシーレと飲んでたんだ。お前も誘おうと思って電話したのに」
「…勉強してて、気づかなかった」
 クラウドは嘘をついた。
 ザックスが懇意にしているソルジャー達とは面識がないわけではない。つい何時間か前、業務を追えて神羅ビルを後にしようとするクラウドは、聞き慣れた声を耳にして、エレベーターホールへと目を向けた。
 日頃の疲れを癒そうと街へ繰り出す算段を大声で語りながら、仲間を連れだって歩くザックスがそこにいた。ちょっと待て、と声をかけて、携帯を取り出す彼は、エントランスの片隅で隠れるように様子を窺う自分に気づいてはいなかった。
 次の瞬間、きちんと着られた軍服の中で、クラウドの携帯が震える。マナーモードにしてあってよかったと、心からそう思った。取り出した携帯は、ザックスからの着信を点滅して知らせている。しかし、クラウドはその電話に出ることを躊躇った。
【おっかしいなー】
【チビちゃんは?】
【電話、でないんだ】
【いきましょうよ、席埋まっちゃいますよ】
 年若のルクシーレに連れ出されるように、ザックスがエントランスを抜けていく。何故か、ドキドキと騒ぐ胸を押さえ、クラウドは携帯を再びポケットに収めた。
 そのまま真っ直ぐにこの部屋に戻り、その後も何度か鳴らされる携帯に出ることなく、こんな時間になってしまっていた。
「お前も来ればよかったのに。あいつらのことは知ってるだろ?」
「俺は、アンタ達とは違って忙しいんだ」
 無愛想に言い放つと、クラウドは自分の寝台に横たわり、ザックスを背に壁を向く。ソルジャーでない自分がその場に行くことは場違いな気がして居たたまれなかった。
 大きく背伸びをしながら、なにやら不貞腐れた様子の少年を見下ろして、ザックスはふと表情を緩めた。身軽な身で狭い部屋を二歩進むと、テーブルの上に散らばった参考書を軽く手に取る。
「勉強ねぇ…、たまには息抜きも必要だって」
「俺には必要ない」
「楽しいもんだぞ。ルクシーレなんか、綺麗なお姉さんに声かけられてさぁ…」
「なら、そっちに行ってればいいだろ」
 頑なな返答に困ったように軽く頭を掻いて、ザックスが押し黙る。ベッドの中で丸まるクラウドは、自分の中の醜い感情を気づかれないようにするのに必死だった。
 自分と彼とは人種が違う。彼が困ったように俯くのを背中で感じながら、クラウドは、可愛いげのない問いを口にした。望む答えが返ってくることを期待して。
「………大体、なんでいつも俺の部屋にくるんだよ。アンタの部屋の方が広いだろ」
 興味もなさそうに手に取っていた教材をテーブルに戻して、ザックスがこちらに近づいてくる足音が聞こえた。はち切れそうな胸の高鳴りを気づかれないよう にと息を殺して、クラウドは壁に向かったまま身動きすらしない。薄く開いた瞳が、壁に映し出されるザックスの影が近づくのに気づいていた。
「俺は、ここが一番落ち着くんだよ」
 その答えに、噛みつく隙はない。『ここが一番』。その言葉は、どんな苛立ちも、不安も、吹き飛ばしてしまう魔法のような呪文。
 クラウドは長い睫毛が震えるほど強く瞳を閉じて、嬉しさに跳ねる声を押さえながら言った。
「………早く寝ろよ」
「はーい」
 その様子をいとおしそうに眺めていたザックスが、お許しを得て嬉々としてクラウドの布団に潜り込む。狭い寝台に乗り上げるとあとは簡単で、クラウドの体は後ろからすっぽりとザックスに包まれてしまった。
「っおい、こっちじゃない」
「いいだろ、せっかくなんだし」
「……酒臭い」
「そいつは勘弁な」
 抵抗とは言えない程度に身じろぐクラウドをなんとか懐中に収めると、ザックスは深く息を吐いた。香ばしい酒の匂いに混じって、覚えのあるザックスの香りが少年の小さな胸をいっぱいにさせる。
 脇にさしいれた腕で胸元を軽く撫でるようにあやしながら、ザックスはその耳元に囁いた。
「クラウド、他の奴に、こんなことさせんなよ」
「……したがるのなんて、ザックスくらいしかいないだろ」
「それは…そうかもしれないけど、そうじゃなくてさ」
 鼻先を柔らかな髪に埋めて、ザックスが小さく唸る。体のちからをふ、と抜いて、クラウドはようやくその身を自分を抱きこむ男の胸元に預ける。後ろから抱きかかえる男に、表情が見えてないのをいいことに、クラウドは相手の耳にだけ届くよう、小さく呟いた。
「……ザックスは、『特別』だからな」
 色の薄い髪の合間から、クラウドの柔らかそうな耳朶がほの赤く色づいているのが判った。ザックスは、酔いに発熱する体をぴっとりと相手の背中にくっつけて、こぼれる笑みをそのままに、恥じらいに肌を染める少年を強い力で抱きしめた。
「それ、どんな口説き文句より興奮する」
「バカ」
 滑らかなシーツの波の中で、お互いの呼吸が交差する。音も無く過ぎてゆく夜に、ただお互いの温もりだけを感じて、二人は安らかに瞳を閉じた。

【 END 】