MEMO

なんて優しい籠の鳥

  • 2015/11/10 00:13

いつか書くかもしれないけどとりあえず書いておくBCあたりのツォンルー的なアレです。






「なんでも言うことを聞く──、そうだったな?」
 その少年は、勝者らしい不敵な笑みを浮かべて言った。不敵だ、とは、私が感じただけかもしれない。きっと少年らしい表情なのだろうとは思うのだけれど、彼がその笑みを浮かべると不敵に見えるのだから不思議なものだ。
「ここから出せ、というご命令以外なら」
 勝てるとは思っていなかったし、勝とうとも思っていなかった。ここで勝っては相手を余計に不機嫌にさせるだけだ。だから私は、できるだけ柔らかく釘を差した。相手の期限を損ねないよう殊勝に聞こえる言葉を選びながら。
「それで、なにをすればよろしいので?」
 そう尋ねると、彼は不思議そうな顔で私を見下ろした。もしかしたら彼は、なにを命じるか考えていなかったのかもしれない。
 しかし、そんな風には悟られないよう彼は悠然と振舞っていた。だから私は、そんな子供らしい試みに気づいていると知られないよう、眉を寄せながら尊大な命令に怯えて待つ部下を演じていた。
「……そこに座れ」
 それは、意外な言葉だった。そこ、と言われた場所には、木の椅子がひとつぽつんと床に立っていた。
 ドアの対局に位置する椅子に腰掛けては、いざというとき逃げようとする彼に追いつけないかもしれない。けれど、扉の鍵を持っているのは私の方だ。だからそこに座ったところでなにか問題があるわけではない。
 とりあえずは、彼の命じる通りにした方が良いだろう。そう考えると、私は部屋を横切って、壁に寄り添う椅子に向かって歩き出した。
 座面を掴んで、少しだけ部屋の中央の方へと寄せる。慌てて立ち上がった時に大きな音を立てないように。
 私が腰を下ろしたのを見届けて、彼は、ふん、と息を鳴らした。これで良いかと確認する私の視線に、彼は追加の要求で応えてきた。
「しばらく、そこにそうしていろ」
「しばらくとは、いつまでですか?」
 私がそう問い返すと、彼は言葉に詰まって、大きな瞳を瞬かせた。
「いいと言うまでだ!」
 少し怒ったように、彼はそう吐き捨てた。ああ、また機嫌を損ねてしまった。いや、ここに幽閉されている彼と二人きりでいて、八つ当たりの対象になることは十分覚悟していたが。
 いつでも立ち上がれるように、椅子に浅く腰掛ける癖がついている。両膝の上に拳を乗せ、部屋の中央に立った相手に注目していると、彼は少し考えるようにして、そうしてゆっくり私に近づいてきた。
 私は、少しだけ面食らった。きっと彼は、私を放置してこの部屋を脱出するためのなにかを試みるに違いないと思っていたからだ。
 眉を動かした私の前に佇むと、彼は歯を食い縛って、私を強く見下ろした。殴られるかもしれない、という可能性が脳裏を過ぎったのは、私がタークスだったからだ。しかし、彼がそんなことをするはずがないことは知っていた。
「……………」
 彼は黙ったまま、しばらく私を見下ろしていた。私はそれを不審に思って、けれどそれを表情に出さないようにしながら、彼をじっと見上げていた。
 部屋の中は静かで、空調の音だけが静かに変化を刻んでいた。そうしている内、彼が、す、と腕を持ち上げ、それが私のスーツの襟を掴んだ。つい先刻、有り得ないと否定した可能性が再び私の脳裏を過る。
 体が咄嗟に反応しそうなのを堪えていると、今度は彼の左手が私の右側の襟を掴んだ。動くつもりはなかったけれど、咄嗟に腕を引いてしまった。彼が私の足に跨るように、腰を下ろしてきたからだ。
「……っ、……どうなさいました?」
 彼が落ちてしまわぬように、私は先刻よりも膝の位置を近づけた。私の腿の上に、彼は遠慮もせずに自分の体重を預けている。
 私のスーツを摘んだ指が、ぎゅ、とそれを掴んでいた。驚いている私の目の前で、俯く彼の表情は見えず、私は両手の行きどころをなくして、それを宙に待機させたままでいた。
「……………」
 彼は、押し黙ったまま、その場でじっとして動かなかった。彼の呼吸の音が、空調の音よりも大きく近く聞こえていた。
 私のスーツに噛みついた彼の手も、決して動こうとはしない。動こうとはしていないのに、何故かそれが震えているように私は感じた。
「……寒いようでしたら、空調を強めて参りますが」
「必要ない」
 私の提案を、彼はきっぱりと断った。その声は少し小さくて、尊大な科白であるのに、少しもそんな気配は感じられなかった。
 私の膝の上にいたのは、強力なカードを持ちながらそれを行使できずにいる心優しい少年だ。拙いゲームの力を借りてすら、強いることを躊躇うような。
 その指は、口唇は、私に見えない彼の瞳は、どんな風に震えているのだろう。そんなに怯える必要など無い、彼を脅かすとしたら、きっと私の方なのだから。
 それを知らせてやりたくて、私の手は彼の腰を零さぬように包みこんだ。そうするとやはり、彼の方はビクンと跳ねて、私はそれ以上彼を驚かせないように、彼が落ち着くまで動かさずにいた。
「……なんでも言うことを、聞くんだったな」
 確かめるように、彼は言った。私の胸元で、きつく結ばれた掌を握ってやりたい衝動に駆られながら、私は少し首を傾げて、彼の耳に聞こえるように口唇を寄せた。
「だから、いつでも止めろと命じてください」
 相手の様子を窺いながら、腰に触れていた指先を滑らせて、そっと背中を包みこむ。まるで抱きかかえるように、そして抱きしめるように。
 膝の上に乗る体重を包みこんで、その温もりを胸に感じる。ああ、こうしているとまるで、心がほどけていくようだ。
 任務中でありながら、仕事とはおよそ無関係の感情が広がっていく。タークスにあるまじきことではある、けれど、私を叱責する力を持っているはずの少年は、その権利を行使するつもりではないようだった。

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