盲点

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「……俺は、行くからな」
「はいはいいってらっしゃーい」
 普段から不機嫌そうなスコールではあるが、その声は常以上の刺々しさを見せていた。彼を他の仲間たちのもとへと送り出すバッツの声は、反してひどく機嫌がいい。バッツの両腕に抱えられて、クラウドは深いため息を漏らした。
 座り込んで、幾多の戦いを共にしたバスターソードを労うように布で擦る。その背中に遠慮もなく抱きつくバッツを背負っても、いつものことだと諦めて、クラウドはもはや不満を漏らすこともない。
 相棒とかいうチョコボの代わりに愛でられるのは、当初は不快なものであったが、慣れと言うのは恐ろしいものだ。後頭部に頬擦りされるのも、首が絞まるほどに抱き締められるのも、背中に受ける体重の重みも、今ではもう気にならなくなっていた。
 スコールの足音が遠退いていく。バッツは相変わらず、かつての相棒の名を呟きながらクラウドの頭を抱き抱えている。
 こびりついた汚れを落とすと、クラウドは布を軽く口唇にくわえ、大刃の剣を片手で軽々と持ち上げる。その煌めきを確かめるように掲げて満足すると、布を挟んでいた口唇をほどき、軽く首をかしげる。
 飽きもせず、後ろでクラウドの髪に鼻を埋めていたバッツに声をかけた。
「…行ったみたいだぞ。十分だろう?」
 バッツの、首に回していた両腕から、僅かに力が抜ける。意外そうな顔を見せたバッツは、だんだんと表情を綻ばせた。
「気づいてた?」
「お前が絡んでくるときは、いつもあいつがいるからな」
 掲げていた剣を下ろして膝にのせる。バッツはクラウドの首に絡ませる腕をほどくことなく、その肩に顎を乗せて相も変わらずクラウドに抱きついている。
「だって、面白いだろ」
「なにが?」
「一生懸命クールぶってるけど、明らかに嫉妬してるんだぜ。つい、楽しくてさ」
「俺をダシにするな」
「ゴメンって」
 耳許でくすくすと笑顔を溢すこの男は、なかなかに曲者だとクラウドは思う。そんな彼に囚われたのは災難だな、と、スコールに僅かながら同情して、一向に外そうとしないバッツの腕に手をかけた。
「もういいだろ、離してくれ」
「もうちょっとこうしてる」
「おい」
「好きなんだ」
 驚いて、クラウドは彼を瞠目した。首に絡み付く腕を掴んだまま振り返るクラウドを、悪戯な笑みを浮かべてバッツは見つめる。その口唇は、揶揄うように続く言葉を綴った。
「…俺のことで、困った顔してるのを見るの」
 開いた瞼が瞬いて、クラウドはため息を漏らした。掴んでいた腕をほどくと、調子に乗ったその男はクラウドの耳許に頬を擦り付けてくる。
 背中にぴっとりとつけた胸からあたたかな体温が伝わってくる。僅かに、風の匂いがした。
「アンタ、意外と性格悪いんだな」
「クラウドって、勘はいいのに、意外と鈍感だよな」
「…どういう意味だ?」
 眉をひそめるクラウドの肩に顔を埋めたまま、バッツが笑った気がした。
「こういう可能性は、考えなかったのかってこと」
 絡み付いていた腕をぐっと引いて、バッツはクラウドを抱き寄せる。無防備だったクラウドの体は意外にも簡単に引き寄せられて、その懐中に収まった。
 驚く暇もなく抱き竦められたクラウドは、倒れた上体をバッツの胸に預け、咄嗟に右腕を土につける。見上げた視界に、バッツの顔が降りてきた。
「…っ、ふ……」
 開かれていた口唇に、遠慮を知らないバッツの舌が割り入ってくる。思わず見開いた瞳のすぐ先に、眼を伏せて口付けを味わう旅人が映る。
 驚く舌を捕らえて吸い付き、濡れた口唇を押さえて更に開かせる。倒れそうになるクラウドの肩を支えたまま口腔を深く蹂躙すると、軽く顔を起こして、バッツは小さく囁いた。
「…ただの当て付け、だけだと思ってた?」
 薄く微笑むと、彼は啄むような軽いキスをクラウドに残して、顔をあげた。身を引いて立ち上がるバッツを瞬きしながら見上げて、硬直していたクラウドの口許から、苦笑が漏れる。
「…それは、盲点だった」
「まだまだ甘いな、クラウド」
 得意気に見下ろすバッツに、してやられたクラウドは返す言葉もない。地につけた手を押して立ち上がり、手入れを終えたバスターソードを背負うクラウドに先だって、バッツは歩き出す。
「スコール、怒ってるかなぁ」
「怒らせたのは誰だ」
「俺だけど」
 頭の後ろで腕を組み、楽しそうに笑うバッツは、本当に手に負えない。仲間の待つ場所を目指して足早に駆け出すバッツの背に小さなため息を溢して、クラウドは彼に続き、歩き出した。

【 END 】