焼かれた手紙
私が彼女に逢ったのは、夏の終わりの頃だった。金のない旅人である私に、彼女は親切に部屋を提供してくれた。
山を越えたはいいものの、一文無しだった私は、宿への宿泊を断られてしまった。馬小屋でもないかと探していた私に、彼女が声をかけてきたのだ。
彼女は親切な人間だった。私のような胡散臭い人間を丁寧にもてなしてくれた。少しは疑いの心を抱いた方が良くはないかと、私は思った。誰かに騙されやしないかとこっちが心配になるほどだ。
しかし、それを私は口には出さなかった。『騙すつもりだったのか』と、彼女に疑われたくはなかったからだ。
私は彼女の信用を得るために、自慢のシチューをご馳走になりながら、彼女の尋ねてこないことまで洗いざらい語らった。ジャーナリストであるということ、特に、神羅カンパニーに興味を持って取材を続けているということ。
神羅カンパニーは巨大な企業で、この星の生活は神羅の供給する魔晄エネルギーで成り立っている。私は、魔晄エネルギーの正体を確かめるべく、コスモキャニオンに向かっている途中だった。
思いつくまま説明したが、神羅カンパニーに疑念を抱いていることについては打ち明けるのはやめておいた。反神羅の思想を抱いていることは、公にしない方がいい。
彼女は、私が行っている神羅の取材に対し、非常に興味を持った様子だった。彼女の息子が、神羅カンパニーに勤めているというのだ。
息子の名前は、クラウドというらしかった。クラウドは──クラウドとの面識はないが、彼女への親しみを込めてここでは敬称を省くことにする──、ソルジャーを目指しているらしい。知っているかと聞かれたが、残念ながらソルジャーのリストは公表されておらず、高名であるクラス1st以外の名前は知らないのだと私は答えた。
彼女は残念そうだった。クラウドは、ミッドガルを発って以降母親への連絡を怠っているらしい。私は自分のことを省みて、クラウドの代わりに彼女に謝罪をしておいた。
彼女は、クラウドのことを私に説明してくれた。私がクラウドと逢った時に、すぐにそれとわかるように。
クラウドは、彼女と同じ金髪であるようだ。クラウドの父親は彼が幼い頃に亡くなっており、女手一人で彼を育てたのだという。
少年は、強い者に惹かれ、憧れるものだ。クラウド少年も、セフィロスに憧れてソルジャーを目指すことを決意したらしい。
ソルジャーのリストはなくとも、セフィロスの名前はよく知っている。ジャーナリストの私でなくとも、彼の名を知らない者はいないだろう。
ソルジャークラス1st,英雄セフィロス。なるほど、クラウド少年が憧れたのも頷ける。
彼の名が新聞の一面を飾ったのは、私が成人を迎えた頃だったろうか。いけない。私の話はやめておこう。
ともかく、クラウド少年は英雄を目指し、ニブルヘイムを旅立ったのだ。彼女は、ソルジャーへのなり方、その仕事について詳しく知りたがった。
私は、どう答えるべきか悩んだ。ソルジャーといえば、私の同僚を何人も闇に葬ってきた、いわば仇と言っても過言でない存在だ。しかし、その強さ、功績は時として人々の役に立っているし、称賛に値するとも考えている。
だから私は、ソルジャーとは誇らしい仕事であり、お子さんがそれを目指しているなら、素晴らしいことであると答えておいた。すると彼女は喜んで、嬉しそうに笑顔を見せた。
次に彼女は、魔晄を浴びることへの人体への影響について私に質問した。魔晄中毒という病気は一般にも知られている。息子がそれに罹らないかと心配するのは、親なら当然のことだ。
私は、神羅の科学力はこの世界では随一であり、心配する必要はないと彼女に説明した。魔晄を操る技術については、神羅カンパニー以上に長けている者はない。
彼女は、ジャーナリストである私の言葉を聞いて、安心した様子だった。一飯の恩を返せた気がして、私も気が楽になった。
彼女の家は、非常に綺麗に整頓されていた。クラウドが大切に育てられていたことは、美しく磨かれた食器一つをとっても明らかだった。
彼女は私に酒を振る舞い、私の求めに応じて、一杯だけ付き合ってくれた。普段は酒は飲まないのだ、と、断りを入れた上で。
酒が入ると、彼女は少し饒舌になった。息子を都会に一人送り出した自分の不安や、寂しさについて話してくれた。
クラウドは大きくなっただろうか、ひもじい想いはしていないだろうか。寂しくはなかろうか、母親を忘れてはいないだろうか。
私は、忘れるわけがないと彼女に言った。しかし彼女は、納得できていないようだった。
女親と息子というのは、どことない隔たりを感じるものであるようだ。男同士のように気楽ではなく、女同士のように簡単に通じ合えるものではない。
『私が一人であるせいで負担をかけたかもしれない』と、彼女は言った。その言葉は、私にとって大きな衝撃であった。
世話を焼きすぎて、鬱陶しいと感じられたのではなかったか、と、彼女は心配していた。年頃の男の子が母親をどう思うのか、わからないかららしかった。
私は、自分の経験を踏まえ、彼女の疑念を払拭しようと試みた。
確かに男子は、母親に対して頼りづらいと感じることもあるかもしれない。しかし、愛されていることに感謝こそすれ、迷惑だと感じることなどありはしない。
クラウドがソルジャーを目指すようになったのも、母親を愛していたからではなかろうかと、私は考えた。この優しく美しい女性を、自分を育んでくれた平和な村を守るための力を欲する少年の気持ちは、私には痛いほどよくわかった。
母親に連絡をしないのも、心配をかけたくないせいだ。それがどれだけ相手を心配させているかも知らないで。
親の心子知らずとはよく言ったものだ。しかし、それを許してやって欲しい。
男子は元来見栄っ張りで、融通が効かないものだ。母親に甘える術を知らない。しかしきっと、母親を甘えさせられるだけの強さを育んでくるはずだ。
私も、親元を離れて星を飛び回る身だ。クラウドの気持ちは決して分からないではない。
いつか、自信と実力を伴って故郷に帰りたいと考えている。そのことを伝えると、彼女ははにかむように微笑んだ。
翌朝、私は彼女に見送られながらニブルヘイムを後にした。クラウドに逢ったら連絡する、と約束して。
元々は、本人から連絡させると伝えたのだが、彼女がそれを断った。彼女が心配していると伝えたら、息子が負担に思うだろうと案じた為だ。
だから、私から連絡することにした。ソルジャーに会った時、私が生きているかはわからなかったが。
私は無事にコスモキャニオンに到着し、その後何ヶ月か、星命学者たちの取材を行った。星命学の知識を得た私は、神羅カンパニーへの疑義を一層深くした。
神羅カンパニーの暗部を暴く為、私はミッドガルへ向かった。しかし、ミッドガルに長く滞在することはできなかった。戦争が神羅の勝利に終わり、神羅カンパニーの権力は増すばかりで、世論も神羅への批判を求めなくなったからだ。
クラウドには逢えぬまま、私はミッドガルと決別した。何人かの仲間と協力し、私はジュノンに拠点を移した。
ジュノンでも、やはりクラウドの情報は得られなかった。どんどん巨大になっていく神羅の威勢に屈し、仲間は一人また一人と減っていった。
神羅の闇を暴こうとしても、神羅に心酔した人々から笑われるばかりだった。這いつくばって粗を探し、つまらないゴシップを吹聴し、隠れて生きていくことに私は疲れきっていた。
ジュノンを離れ、私は故郷へと戻ることにした。故郷へ向かう道すがら、私はニブルヘイムを訪ねた。
彼女に伝えられる情報などなかったが、息子を待ち続けている母親のことがどうしても気がかりだった。
彼女は元気にしているだろうか、クラウドには逢えたのだろうか。しかし、私は驚いた。ニブルヘイムに彼女はおらず、彼女がいたはずの家には別の人間が住んでいたからだ。
引っ越しでもしたのかと思い、私は住人に彼女のことを尋ねた。しかし、住人はそこにずっと住んでいると主張して、彼女のことなど知らないと私に言った。
私は、咄嗟に危険を察知した。勘違いでした、と謝罪して早々にその家を後にした。
最初は、本当に勘違いなのかもしれないと考えた。しかし、そんなはずはない。彼女は確かにあの家に住んでいた。ご馳走になったシチューの味は、私のこれまでの食事の中でも十指に入る美味なものだ。
誰かが、彼女のことを隠している。彼女だけではない、あの村自体が、偽物にすり替わっている。
これだけ大規模なことを行うのは、神羅以外に考えられない。やはり神羅には闇がある、私はそれを暴かなくてはならないのだと、使命感を取り戻した。
私は故郷に連絡し、帰れないことを親に伝えた。両親は残念がったが、精一杯やるようにと私を励ましてくれた。
私がなにをしようとしているのかは、両親には伝えていない。二人に危害が及ぶことを防ぐ為だ。
しかし私は、ここに記す。私がどれだけ彼らを愛しているか、どれだけ感謝しているのかを。
そして、彼女がどれだけクラウドを愛していたのか、どれだけクラウドとの再会を待ち望んでいたのかを。
私は、彼女がどこに消えたのかを探るつもりだ。このレポートは、信頼できる旧友に託した。神羅の検閲を免れていればいいのだが。
私からの連絡が途絶えた時、公開してもらうよう頼んでいる。このレポートを誰が読むのかはわからない。できれば、誰にも読まれないで欲しいとも願っている。
しかし、これを読んだ誰かがいたら、知ってほしい。神羅の邪悪さ、私の奮闘、記録から消された彼女のことを。
そして願わくば、クラウドに伝えて欲しい。彼女を助けてやってほしい、この世界で誰よりもクラウドを大切に思っている、彼女を探しだして欲しい、と。
山田肉さんのお誕生日プレゼント2014に書いたお話第二弾です。
お祝いだしセフィクラがいいだろうなって思ったんだけどもやまさんのお話を読んでストライフ親子のお話を書かずにいられなくて、
喜んでくれるかドキドキしながら進呈したら予想以上に喜んでくれてすごくホッとしたお話でした。
ストライフ親子というか母さんがとても好きでっていうか大切で、母さんのことは決して忘れてはならないし軽視できないのですけれど、
そうするとセフィクラが非常に心苦しくなってしまい、けれども親子のお話を書くのはやっぱり楽しくて、
そんな中でのセフィクラが私はとても好きだと思いました。
お誕生日のお祝いとしては適切でなかったろうかと悩んでいたのですが、やまさんがまさかの親子絵を描いてくれました
適切だとかそうじゃないとか関係ないですね。親子切ない親子バンザイ。
他にも素敵なやまさん絵が見れるサイト様(FF7セフィクラ+キラルサイト様)はこちらです↓