7R!!<01>

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世界はRで出来ている

 これは幻なのか、それとも現実に起きていることなのかわからなくなることがある。今は現在か、過去か未来か──境目が曖昧になる感覚は初めてじゃない。
 いつだってそれは唐突に始まって、だからこそ終わりもきっと唐突だ。それまでのきっと刹那の間、止まっているのか動いているのかもわからない異空間を彷徨うのはあまり愉快な心地じゃなかった。
「──……呼んでる……」
 彼らは皆どこかを目指してふらふらと行進していた。深くマントを被っている彼らの表情は皆虚ろで、きっと俺のことなんて誰も気にもとめていない。
 視えていなかったのかもしれない。けれどどうやら彼らにはなにかが聞こえているようだった。その声は俺には聞こえない。ごうごうとひゅうひゅうと駆け抜けていく風の音ばかりが俺の鼓膜を震わせる。
 随分遠くに、いや、意外に近いのかもしれないけれど、大きな風のうねりが視えた。曇天を劈くような稲光が竜巻を引き裂くのがなんだか綺麗だと思った。あそこへ行けば空まで昇っていけるのだろうか。バカげた空想に傾こうとする俺の意識を、隣を通り過ぎていく男の声が引き止めた。
「リユ……ニオン……」
 俺はハッとして声の主の姿を探した。けれど、彼はもう俺の脇を通り抜けて先へと進んでしまっていた。それは、一体なんだっただろう。大切なことだった気がするのに、何故か俺は思い出せない。思い出そうとしているということは、これは俺の記憶だろうか。いや、こんな荒涼とした場所に心当たりはない。
 だというのに懐かしくて、それなのに恐ろしかった。どうしようもない忌避感と不安感で足が竦みそうになる。
「──誰だ?」
 今、確かに俺を呼ぶ声がした。足裏まで凍りつくほどの恐怖が近づいてこようとした時、それを忘れさせるほど静かに、確かに、俺の意識を呼び寄せるものがあった。
「……あんたなのか?」
 それが一体誰なのか、俺はきっと知っていた。わからない振りをして、忘れてしまった振りをして、違うのだと否定してそれでも──、そう、信じている。
 迷い、躊躇い、うつろう俺に芯を与えてくれるもの。理由であり原因であり、標的で目標でもあるものだ。
 天から射し入る一条の光に向かって俺は右手を伸ばしていった。彼らが目指す場所とは違う。それでも俺はそれこそが正しい選択だとわかっていた。
 大丈夫だ、今度はきっと間違えない。記憶が薄れてしまっても、思い出も感覚もちゃんと胸に刻まれている。
「……あんたは、変わらないな」
 いつだってそうだ。支配されるのを、利用されるのを嫌がって、理も運命すらも変えようとする傲慢さ。
 巻きこまれまいと抗ったところで、今度もそうはいかないのだろう。そうする理由が俺にはあって、そのことはきっと今更変えようもなかったからだ。
 未来の記憶は、俺の運命を知っていた。俺だけじゃない。人々が、星がどう巡るかは既に綴られている。
 けれどそれをそうだと甘んじて受け容れることはできなかった。懐かしさも愛しさも確かにそこにはあったけれど、切なさや狂おしいほどの辛辣さを塗り替えることができるなら、と、願わずにいられない。
 ああ、そうだ。俺だって傲慢だ。あんたと同じだ、と思ったから、俺はそれに手を伸ばした。眩さに喰らわれて意識がぼやけて、だんだん視界が晴れていく。
 俺はあの時の今じゃない、現在の俺を生きている。無自覚に、無意識に、けれどどこか確実に。
 そのことがいつの日か実を結ぶその時を、一瞬の邂逅は予感させてくれていた。