7R!!<04>
手下部屋へようこそ
*
闘技場での仕事をつつがなく終えたソッチは、アジトであるドン・コルネオの屋敷へと戻ってきた。
今夜のコルネオ杯はこれまでにない盛り上がりだった。突如現れた怒涛のカップルの猛攻に観客は沸きに沸いた。相棒との盛り上げも功を奏したのか、さすがのソッチでも思わず目が眩むほどのギルが動いた。
今夜の働きを労う意味で、ドンからはオーディションの後片付けを仰せつかっている。つまり、不合格となった女たちの【接待】だ。
不合格とはいえ、ウォールマーケットの重鎮であるチョコボ・サム、マダム・マム、アニヤン・クーニャンの推薦した女たちはいずれも非の打ち所のない銘品揃いだ。そんな彼女たちを無下にして推薦人たちの顔に泥を塗るわけにはいかない。『不合格になってよかった』と思ってもらえるくらいでなければ──ともなると、若いだけが取り柄の三下には任せておけない。彼らはソッチのように紳士的ではなかったし、粗雑なばかりで女を悦ばせる技術があるわけでもなかったからだ。
「あっ、ソッチさん、お帰りなさい!」
「お疲れ様ッス!」
部屋に戻ると、どことなく浮ついたような緊張したような面持ちの手下たちが元気よく挨拶した。『挨拶はちゃんとしろ』というのがドンの教えだ。俺たちはただのゴロツキじゃない、誇り高きワルだからだ。
「遅くなったな。様子はどうだ?」
「今さっき、女が入ってったところです」
隣室ではどうやらオーディションが開始されたらしい。ということは、この部屋に客がやってくるのはもう間もなくになるだろう。
「今夜はいつもよりヤベェっすよ。もしかしたら時間かかるかも」
「なにがヤベェんだ?」
「べっぴん揃いッス。よりどりみどりで、正直誰が選ばれるかわかんねぇ」
ドンの手下の待機部屋はものやらゴミやらが溢れていて、お世辞にも綺麗であるとは言えない。それでも布団は綺麗にしておくように部下には言ってあった。美しいドレスに身を包んだ綺麗なお嬢さん方が嫌がってしまわないようにだ。
「サムの推薦のお嬢さん、名前なんつったっけ?」
かろうじてシートの剥がれていないソファに腰を下ろすと、モヒカン頭がバンダナ男に話しかけた。
「ああ、確か七番街の看板娘とかいう……」
「女性の過去を探ろうなんて野暮な奴らだな」
ソッチはやれやれと思う気持ちを口には出さず態度に出した。手下たちは顔を見合わせてソッチの方に向き直った。
「この街に来たら、それまでのことは関係ない。新しい自分、新しい名前──なんにでもなれるんだぜ。変わらねぇのはカラダだけだ」
ソッチは自分の胸を叩いて仰々しい言い方をした。名前や来歴なんかよりも、彼女たちを相手するのに必要な情報があるはずだ。
「サムのお嬢さんはすげぇ乳してましたよ、ヘッヘッヘ」
涎でも垂らしそうな顔をして長髪の手下が言った。
「マムのお嬢さんは……胸はともかく、腰つきが堪んなかったな、ヘッヘッヘ」
踊るように腰をくねらせる長髪男を眺めて手下たちが下卑た笑い声を響かせた。もうすぐご馳走にありつけるとあって彼らは既に興奮状態でいる。それは、ソッチも例外ではなかった。
「最後の一人は……なんか、すごかったよな」
「ああ、すごかった」
アニヤンの推薦した女の話になると、手下たちの調子が変わった。なにがどうすごいのか、ソッチは眉を寄せて彼らの話に耳を傾けた。
「胸がなんか……ボインってわけじゃねぇけど、こう、ムッチリしてて」
「そうそう」
「露出度高いってわけじゃねぇけど、キュッと締まって、出るトコ出てて」
「だよなー」
手下たちの言葉から女の姿が想像もできなくて、ソッチの眉の皺は深まるばかりだった。
「うつむき加減な感じがなんとなく儚げで」
「わかるぜ、それ」
「本当にわかってんのかよ」
長髪男が調子よく相槌をうつモヒカン男を揶揄った。他の三人はどうやら通じあっているようだったけれど、依然ソッチには想像もつかなくて、それがかえって想像力を掻き立てる。
「おしとやかで、この辺にはちょっと居ない感じの女でしたよ」
「ウブな感じがドンの好みだったよな」
「うちのドン、初物食いがお好きだからな」
バンダナ男の言い分に長髪男が頷いた。なるほど、さすがはアニヤンの推薦だ。男ウケするスレた女よりも経験値の低い清純な女の方がこの街では希少だ。
下衆な男たちが女の品評会を繰り広げていると、両手でドアを押し開けてコッチが姿を現した。その後ろにはたわわに実った巨乳の女とスリット深めの美脚の女が付き従っていた。
「おいおまえら、お客さんだ。仲良くするんだぞ」
仲良く、の部分を強調しながらコッチが言った。ソッチはソファから腰を上げて女たちを迎え入れた。ヘヘヘと涎を垂らしそうな笑みを鳴らして手下たちも女たちを取り囲む。
予想が当たって、ここには例のムッチリキュッとした女はいないようだった。やはりボスの初物好きは筋金入りだ。その点においてはソッチの好みとは違っていて、だからこそ都合がいい。
「これもコルネオ様のはからいだ。感謝の心を忘れんなよ」
コッチが両手の人差し指を突き出して場を茶化す。ソッチもまた同じ格好でこの世の不条理を楽しんだ。
「さて、お嬢さん方。準備はいいかい?」
ドン・コルネオを称賛して手下たちが万歳をする。楽しい宴の始まりへ誘おうとするソッチは、ようやくいつもとなにかの違うことに気がつき始めた。
「準備? それなら、いつでも」
女たちには選ばれなかった悲嘆も、手下に弄ばれることへの恐怖だって無い。むしろ準備万端といった様子でソッチの問いかけに頷き、応える。
「四人か……。うん、急いでクラウドを迎えに行こう」
ソッチが違和感の原因に気がついたのは、赤いドレスの女の顔に見覚えがあったからだ。闘技場でヘルハウスを焼いた女が、どうしてここに、そんな格好で──。
「おまえ、闘技場の!」
エアリス・ゲンズブール──その名前を口にしようとしたソッチの声があまりの激痛に音を失くした。タマが弾けたんじゃないかと思うくらいの熱さに股間を押さえると、次いで横面を蹴り飛ばされて顎が外れるほどふっ飛ばされた。
今夜は確かに特別だった。闘技場は沸きに沸いて、ドン・コルネオのオーディションは目も眩むような銘品揃い。
それは誰の差し金だったのか、チョコボ・サムかマダム・マムか、それともアニヤン・クーニャンか──。いずれでもあり得たし、いずれもきっとあり得なかった。
だって、理由もメリットもない。この街の重鎮である彼らなら顔役のドンに逆らうデメリットを十分以上に把握している。
だからこの状況は、異分子であり異端児である誰かの仕業に違いなかった。貞淑で儚げでムッチリキュッとした骨太の、強気なおなごの正体が明らかになるのはもうすぐ後のことだった。