ぼくらのなつやすみ<07>
ジュノンからの定期運搬船が、コスタ・デル・ソルを訪れた。昨日、ソルジャー二人と海を渡った運搬船から積荷がおろされていく。
大陸を渡って運び込まれた荷物は、これから色んな場所に運ばれていくのだろう。勤勉に働く作業員達を遠巻きに見守りながら、岬の片隅に、神羅の制服姿の少年が腰掛けていた。
満点の夜空に花火の咲いた昨夜。結局、彼らは夜中までホテルで騒ぎ、最後の夜を満喫した。クラウドのためにのこしてあった夕食と、買ってきた酒やつまみを肴に話を弾ませて、いつの間にか眠りこけてしまった。
彼らは遅い目覚めの後、水着ではなく、いつもの制服に着替えた。ソルジャースーツ姿のセフィロスは周りからの注目を集めてしまい、彼は心底面倒くさそう な顔をして、どこへとも無く消えていった。ザックスがホテルの会計を任されている間、クラウドは出航時間まで、暇を持て余していた。
見渡す限りの青い海、白い砂浜。制服に身を包んだ今、自分がここにいることは異質であるように感じたが、昨日までそれが当たり前だったこと、それこそが『特別』だったのだと思い至った。
与えられた二日間は短い時間だったけれど、これまでの短い人生の中でも、異彩を放つ楽しい出来事として、少年の記憶に深く刻まれた。
ふ、と、息が抜けて、クラウドは自分が笑ったことに気がついた。それに驚いて、クラウドはぱちりと瞬きをした。
ここのところ、笑うことが多くなった気がする。それはきっと、彼らと一緒にいる時間が多くなったからなのだろう。
ザックスは奔放で、クラウドをいつも振り回してくる。そんな彼と一緒にいるのは、楽しくて、頼もしくて、苦難を乗り越えて尚明快に振舞う彼を、誇らしいとも思った。
セフィロスは思っていたよりも優しくて、彼と過ごす時間は独特だった。彼と一緒にいると緊張して、高揚して、そんな自分を揶揄う彼を意地悪だとも思ったけれど、親しみは増していった。
クラウドは立ち上がり、制服についた埃を払った。息をつき、顔を上げると、振り返った視線の先に、高々と聳えるコレルの山脈があった。その山の遥か向こうに、クラウドの生まれ故郷、ニブルヘイムがあった。
唯一の肉親である母親――彼女はどうしているだろう。息子が、誕生日を、こんなところで過ごしているなどとは夢にも思わないだろう。
ソルジャーになる、と言って出てきた手前、遊びにかまけて怠けていたのだ、とは思われたくない。詰まらない意地ではあったけれど、それが彼なりのプライドだった。
いつか、面と向かって、胸を張って会いにいける日がきたら、話して聞かせよう。一年に一度の、特別なバカンスの思い出話を。
きゅ、と口唇を結び、クラウドは頷いた。ぐるりと踵を返して歩みだすと、海釣りの思い出の残る岩が連なっていて、その裾に広がる海岸に、目立つ姿があった。
白い砂浜にしゃがみこむソルジャースーツの男。出発の準備とホテルの会計を済ませて来たのだろう。
なにやら作業に勤しむ様子を不審に思い、クラウドは小走りに駆け出した。
「ザックス!」
桟橋からビーチに辿り着くと、海辺にしゃがみこんでいた青年が顔を上げる。彼の足許にはいくつかの小瓶が転がっていて、彼はその一つを握り締めていた。
「おう」
片手を挙げるザックスへと、クラウドは近づいていく。膝に手をつき、覗き込むと、ザックスはあたりを覆う白砂を集めては、せっせと小瓶に移し変え始めた。
「なにしてるの?」
「忘れ物があってさ」
「忘れ物?」
彼が持っているのは、何の変哲も無い小さな瓶だった。薬品の空き瓶だろうか、それがコスタの砂で満たされていく。
コルクの蓋をしめると、きゅ、と音を立てて瓶が泣く。彼はそれを軽く掲げて、瓶の中でさらさらと踊る砂に目を細めた。
「お土産。買ってなかったろ?」
満足げに破顔すると、ザックスはまた新しい瓶を取り出して、それに砂を詰め始める。コスタ名物といえば金の針が有名だが、そんなものを詰めてなんになるというのだろう。
「コスタに来たことがない子がいるんだ。暗くて硬ーいミッドガルの土しか知らない。こんな綺麗な砂もあるんだって、教えてやりたくてさ」
細かな砂粒はさらさらと瓶の中へと注がれて、中には小さな貝殻も混じっている。海の薫りが瓶に詰め込まれていき、新たな一本が出来上がった。
「…また、女の子?」
呆れたように、クラウドは尋ねた。あ、と声をあげて、ザックスは顔を上げる。
図星をつかれ、頬がぴくついている。はぁ、と、クラウドは深いため息をついた。
「いっぱいいるんだね」
「違っ、これは…」
ザックスの足許には、いくつもの瓶が転がっていた。一本、二本、三本、四本も。まったく節操のないことだ。
呆れた顔でいるクラウドに、ザックスは慌てた様子で一本を押し付けた。胸に押し当てられた小瓶を両手で受け取って、クラウドは驚き、ぱちぱちと瞬いた。
「これは、お前の分」
「…俺の…?」
手の中でコスタの砂がシャラ、と流れる。目の高さまで持ち上げると、白い小さな貝が揺れていた。
「お土産って、誰かに渡すものなんじゃないのか?」
「それもあるけど、さ」
そう言って、ザックスは残る二つにも砂を詰めていく。この二日間、彼らが過ごした砂浜の世界。光に透かすとキラキラと輝いて、クラウドを魅了する。
「自分達の思い出を残しとくための、お土産があったっていいだろ?」
膝についた砂を払い、ザックスは立ち上がった。はい、と、二本目の小瓶が差し出され、クラウドはそれを受け取った。
「記憶は薄れちゃうけど、コレがあれば忘れない」
クラウドと同じように、人差し指で蓋を押さえ、親指で底を支え、ザックスはそれを空に透かした。
青い海と同じ、青い空。そこに浮かべたコスタの砂が、光を集めて輝いている。
このバカンスは、彼にとっても忘れられないものだった。疲れも知らずに遊び倒し、腹が痛むほど笑いあった、そんな楽しい思い出を忘れられるわけがない。
ザックスは、隣に佇む少年を見下ろした。当初の予定通り、とまではいかなかったけれど、プレゼントしたバカンスを有意義に楽しんでくれたことが、その横顔から見て取れる。それが嬉して、ザックスの顔は自然な笑みに綻んだ。
「それ、セフィロスとお前の分な」
ニッ、と歯を見せ、ザックスは残る瓶をぽけっとにしまいこんだ。
「お前から渡してやって」
当初、邪魔者扱いしたことへの、せめてもの侘びだ。そのくらいのご褒美を、くれてやってもいいだろう。
「なにをしている」
ビーチに続く階段の上から、セフィロスの声がした。
久しぶりに見るセフィロスのソルジャー姿は、やはりこの街には似合わない。周りの騒々しさに疲れたのか、少し厳しい顔で、彼は言った。
「船が出るぞ。また、この海を泳いで渡る気か?」
たかがソルジャー候補生であるクラウドに、そんな芸当ができるわけがない。ザックスは昨日ジュノンとコスタを往復したばかりで、流石に二回目はお断りしたいところだ。
「悪ィ、今行くよ」
「これ、セフィロスさんにお土産です」
クラウドはセフィロスに駆け寄っていき、作ったばかりの瓶詰めを渡しに行く。その背中を見送りながら、ザックスは砂浜に立ち、海へと振り返った。
「なんだ、これは」
「ビーチの砂、ザックスが詰めたんです。バカンスの思い出にって」
透き通る海辺での海水浴。トンネルを繋いだ砂山。女の子とのビーチバレー。大漁の魚釣り。騒々しくて、美味しい食卓。
無我夢中だったビーチレース。夜空に咲いた大輪の花火。願いをこめた線香花火。
どれも楽しくて、楽しくて、忘れ難い思い出だ。
「また、こような」
昨夜呟いた言葉を、ザックスは今一度口にした。セフィロスとクラウドは顔を上げ、ザックスの眺める、青と青が溶け合う美しい光景を仰いだ。
「…さぁ、行こうか」
口許を笑みに緩め、セフィロスが踵を返す。それに続き、クラウドが小走りに駆け出した。
海の香りのする風を胸いっぱいに吸い込んだザックスの口許に、爽快な笑みが乗る。階段を飛び越えて、先を並んで歩く二人を抱え込むようにして、連れ添う三人は運搬船へと乗り込んでいった。
短かったバカンスを終え、ミッドガルに戻った彼らを、忙しない日常が待ち構えていた。ラザードは失踪し、ジェネシスコピーが牙を研ぎ、混乱するソルジャー部門に与えられた課題は多い。
思い出を懐かしむ暇も無く、彼らは日々の仕事に忙殺された。三人に、ニブルヘイム魔晄炉調査のミッションの命が下ったのは、そのすぐ後のことだった。