オリオンは色褪せない<02>

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 地方魔晄炉の調査、だなんて、地味な任務だ。華々しい武勇伝とはほど遠く、こんなところで活躍しても、英雄になれるとは到底考えられない。
 しかしザックスは、セフィロスは、クラウドは、不満などこれっぽっちも抱いていなかった。彼らはどれも、特別な想いで、狭い貨物車に揺られていた。
 大陸を結ぶ連絡船からトラックに乗り継いで、鋪装されていない道を走って、何時間が経っただろう。難儀な体質を持つ少年は、縦横に揺られる振動に、すっかり参ってしまっていた。
 重いマスクを脱いで、じっとりとした冷や汗を垂らしながら、不快さをため息に乗せて吐き出していく。彼を気遣うザックスは、クラウドとは正反対の晴々しさを仲間たちに振り撒いていた。
 夜になると、モンスターたちの行動は活発になる。密林をガタゴトと掻き分けながら進む貨物車は、彼らのかっこうの餌食となった。
 腹を空かせたモンスターが、無謀にも牙を剥く。神羅の誇る精鋭、ソルジャー――しかも、クラス1stが二人もいて、モンスターとの遭遇などさしたる問題ではない。
 しかし、立て続けに来襲されて、その度に足止めを食らっていては、流石に嫌気もさしてくる。何体目かの怪物を叩き伏せて、ようやく森を抜けた頃、タイヤは砂に受け止められて、暗い海が現れた。
「っ、あ~~!」
 車から降りて、ザックスは伸びをした。
 森林の澄んだ空気が、海の香りを運んでくる。静かな細波が砂浜の裾を濡らし、夜を吸い込んだ水面がキラキラと煌めいている。
「クラウド、気分はどうだ?」
 腰に手をあて、ザックスは振り返った。クラウドはトラックにもたれ掛かり、柔らかな砂浜にしゃがみこんでいた。
 少年の顔色から血色が薄れていることは、夜目にもわかる。それでも、クラウドが軽く手を持ち上げて、なんでもないと強がるから、ザックスはそれ以上構うのをやめた。
 過剰な庇護は、クラウドをいたずらに傷けるだけだ。戦力的に未熟ではあっても、彼の誇り高さをザックスは十分に認めている。
 長時間の移動に疲れきった他の兵士が、車内で眠りこけているというのに、体調を崩しているはずのクラウドは、まだ寝るつもりはないらしい。体を伸ばし、新鮮な空気を吸い込んで、思い思いに寛いでいる二人に続き、セフィロスもまた、車から降りてきた。
「ニブルヘイムはもうすぐだ。夜が明けたら出発しよう」
 セフィロスは、持っていたモバイルを使って、現在地から目標ポイントまでの距離を測る。この調子なら、予定よりも早く目的地に着けそうだ。
 ふ、と漏らす彼の吐息が、白く咲いて散っていく。夏が終わり、秋になって、大分肌寒くなってきた。
 冷えた空気に彼の呟きは涼しく響き、モバイルを畳む小さな音は、彼の掌に吸い込まれた。
「そんなに急がなくっても大丈夫だって」
 ザックスの言葉に、セフィロスは顔をあげた。
 緊張感の無い、気怠げな言い種だった。しかし、不真面目なザックスの言動を咎める気にはならなかった。
 元々、『不真面目』はセフィロスの持ち物だったし、これは戦争ではないのだから、倒す敵のない任務で、到着を焦る必要はない。
「みんな疲れてるんだ。少し、休ませてやろうぜ」
 ザックスは、トラックに手をついて、分厚いガラスの中を覗きこんだ。険しい道のりを運転してきたドライバーも、他の兵士も皆、静かに寝息を立てていた。
 クラウドも疲労感を感じていたが、一番動いていたはずのザックスも、セフィロスも、ピンピンしている。なんでもない風を装ってはいても、ソルジャーと一般兵とでは、体力差がありすぎる。
 恥ずかしくて、悔しくて、クラウドは口をつぐんだ。俺も、ソルジャーだったらな――。そう呟いてしまわないように、クラウドは口唇を噛み締めていた。
 森を住処にしているモンスターは、生い茂る緑に紛れて襲いかかってくる。砂浜では目立ちすぎてしまうから、ここまでは出てこれない。
 辺りには視界を遮るものもなく、停車位置から景色を一望できる。警戒すべき敵の姿は見当たらない。
 セフィロスは腕を組んで、トラックに背をもたれ、頷くように顎を引いた。それを見て、ザックスはなんだか嬉しくなって、その場で二度、三度と、お得意のスクワットを始めた。
 大きく腕を振って膝を屈めると、靴底が砂を抉る。狭い車内で縮こまってしまった体に力を巡らせると、英気が漲っていくような気がする。
 ザックスは、この道程を楽しんでいた。同行者が知り合いであったというのも大きい。
 クラウドと任務に出かけるのはあれ以来初めてのことだったし、セフィロスと一緒だというのも、ザックスの安心感の理由だった。安心感、と、その言葉に違和感を感じ、ザックスはふと、手を止めた。
 セフィロスは口を結んだまま、俯いている。彼の長い前髪が表情を隠してしまって、ザックスからは窺えない。
 彼は、なにを思っているのだろう。ザックスは屈んだまま、セフィロスを見上げていた。
「……………」
 俺は神羅を捨てるかもしれない――、セフィロスのあの言葉が、ザックスの記憶によみがえる。セフィロスが神羅を捨てる時、自分はどうしたらいいのだろう。あれは、冗談だったのだろうか。セフィロスが、冗談を口にするような男だとは思えない。
 その時、自分は、どうするのだろう。もう、友達と闘うなんて御免だ。苦い記憶がザックスの胸を刺した。
「……ザックス?」
 隣にうずくまっていたクラウドが、小さな声でザックスの名を呼んだ。その響きにはっとして、ザックスは幾度か目を瞬かせた。
 軽く頭を振るって顔を上げると、クラウドが憂わしげにザックスを見上げている。幼さを残した少年の向こう側に、満天に広がる星空に目を奪われた。
「う、わぁ……」
 ザックスは、思わず感嘆の声を漏らした。膝を伸ばして立ちあがり、天を仰ぐと、これまで見逃していた景色の美しさを目の当たりにする。
 どうして、これを見過ごしていられたのか。世界はこんなにも雄大で、こんなにも壮麗であったのに。
「クラウド、セフィロス、見てみろよ!」
 ザックスは嬉々として、天を指差した。無邪気な子供のように破顔するザックスにつられて、クラウドは空を仰ぐ。眉を顰め、顔を起こしたセフィロスは、ザックスをうるさい男だと叱るのも忘れてしまった。
「凄い…」
 辺りに人家は無く、人工物も無い。だからこそ、なんの妨げもなく、景色を堪能することができた。
 豪奢な夜のカーテンの上に散りばめられた星屑は、それらひとつひとつが光を放っていて、揺れる波が輝きを映し出す。空と、海とのつなぎ目がわからない。
 どこまでも続く夜空には、数え切れないほどの星が散らばっている。涼しい風が瞳を乾かせるから、瞬きをして瞼を開いても、星は変わらずそこにいて、夜を華やかに彩っている。
「ゴンガガでも、こんな景色は見られなかったな」
 彼が生まれ育った田舎は、年中曇り空のミッドガルと比べれば、恵まれた環境ではあったけれど、地平線さえも飲み込んでしまう圧倒的な光景には、感嘆せざ るを得ない。クラウドもまた、先ほどまで彼を苛んでいた不快感など忘れ、口を開いたまま空を見上げるばかりだった。
 旅立ちを誓った夜、給水塔を包み込んでいたのも、こんな綺麗な空だった。澄んだ空気の肌寒さも、あの時とまるで同じだ。
「綺麗だな」
 飾り気のない、シンプルな言葉を、クラウドは呟いた。他にもっと相応しい言葉はあるのだろうが、少年はその言葉を知らなかった。
 少年の細い呟きは、潮の香りを乗せた風に運ばれた。それを聞いたザックスの胸は、同じ感動を共有できた喜びに温まって、セフィロスの胸は、思い起こした切なさに締めつけられた。
 戦いのさなか、音のないウータイで眺めた夜空と同じものが、そこにある。相変わらず、見る者を圧倒する美しさを惜しみなく披露して、あの時はなかった寂寥すら、セフィロスに感じさせている。
 あの日、肩を並べていた男たちは、ここにはいない。それなのに、仄かな期待がセフィロスを駆り立てて、彼の魔晄の瞳は無意識に、数多ある星の中から三つの連なりを探していた。
「こうして見てると、いろんな星があるんだな」
 煌々と輝くもの、ぼんやりと霞んで見えるもの。眩い白、薄い青、赤く映えるものまで、様々だ。
 星の海を辿る内、ザックスは、空に浮かぶ鮮やかな奇跡に、目を奪われた。個性豊かな星たちが無秩序に煌めく夜空に、異彩を放つ輝きが、行儀よく並んでいる。
 二つならまぐれだろうと見逃すこともできたが、偶然が三つも重なると、そこに奇縁を感じずにいられない。寒さも忘れ、空を仰いだまま彼が漏らしたため息は、冷えた夜に吸い込まれた。
「あれは、なんて星だろう」
 星空なんて、そう珍しいものじゃない。しかし、セフィロスとザックス、この二人と見上げる星空は、少年の心を特別な感動に震わせている。
 同じ星を見つめながら、アンジールと同じ問いは、クラウドによって紡がれた。それに答えたジェネシスの台詞をなぞるように、セフィロスは呟いた。
「ミンタカ、アルニラム、アルニタク」
 彼がその綴りを口にしたのは、それが初めてだった。聞き取りづらい、呪文のような言葉だったが、つい先刻まで忘れていたその名を、セフィロスはいとも容易に諳んじた。
 星の名を知らせるジェネシスの声、強張りの解けたアンジールの表情。どれも、そう遠くない記憶として、まざまざと思い出すことができる。
「よく知ってたな」
 セフィロスの博識ぶりに驚き、顔を横向けたザックスは、はっとした。彼の瞳は、空に横たわる三つの連なりではなく、いつかの想い出を見つめていた。
「知り合いに、詳しい奴がいたんだ」
 セフィロスが誰のことを言っているのか、ザックスは薄々気がついていた。孤高の人であるセフィロスの言動の折々に、彼らの存在がチラついていた。
 ザックスは、彼らの関係をよく知らなかったけれど、セフィロスが彼らのことを憎からず思っていることはわかっていた。彼らと共にいるときのセフィロスはいつも、懐かしそうで、愉しそうで、愁いを含んだ微笑を浮かべていたから。
「ウータイでは、神の住む黄金三星として崇められていた。他にも、大昔から様々な伝承が残っているらしい」
「そんなに、昔から…」
 クラウドは再び、空を仰いだ。ザックスは相変わらず、セフィロスを見つめていた。
 セフィロスは、彼らのことをどう思っているのだろう。厭わしげに語ることも多かったけれど、それが本心でないことは知っている。
 彼らはいつ、どこで、どんな思いで、あの星を見上げていたのだろう。想像したのは微笑ましい光景なのに、胸の奥がツンと沁みて、ザックスは醜く頬を引き攣らせた。
「…仲が、いいんだな」
「どうかな」
 ザックスの漏らした呟きに、セフィロスは自嘲気味に首を振った。
 ザックスの想像の中で、三人は仲良く並んで星を眺めていた。それを見事に打ち消され、青年の胸には嚥下しがたいわだかまりが残る。
「宇宙は広い。すぐそばに見える星も、実際は何光年と離れていることもある」
 否定されたのではなく、誤解を与えてしまったのだ。ザックスは咄嗟に口を開いて、星のことを言ったわけではないのだ、と説明しようとした。
「あんなに、近くにあるのに」
 やるせない心地になって、クラウドは眉を寄せて呟いた。星を見上げた少年が切ない顔をしていたから、ザックスは反論する言葉を失った。
「ここからは、たまたまそう見えるだけだ。見ている側が、勝手に近いと感じているだけかもしれん」
 星は決まりどおりに今宵も輝くのに、時を経て、人だけが少しずつ変わっていく。星の並びは偶然で、理由や深い意味は無い。
 驕り高い人間が、なにやかにやと理由をつけて、それをありがたがっている。三つの光に思いを馳せて、心を重ね、願いをこめて、共に見た彼らを失った今、裏切られたと感じている。
 ジェネシス、アンジール、そしてセフィロス――。あの星のように肩を並べて、いつまでも戦っていられるような気がしていた。
 現実は、伝説のようにうまくはいかない。あの日と同じ輝きはセフィロスの青い記憶を呼び覚まし、同時に呼び起こされた孤独感は、彼の胸をチリリと燃やす。
 ふ、と音を立てて、セフィロスは笑った。顎を引き、目を閉じて、彼は前髪に貌を隠してしまう。
 なんだか切ない気持ちになって、ザックスの口唇は震えた。セフィロスにかける言葉をさがしたけれど、そんなものは見つからなくて、彼は握るもののない拳に力を篭めた。
「……………」
 ザックスの左側が、セフィロスの哀愁を感じていた。それはクラウドにも伝染して、彼らは暫く、沈黙を噛み締めていた。
 疲弊していたクラウドは、胸焼けの不快感や肌に感じる寒さも忘れて、心の底から熱いものがこみあげてくるのを感じていた。欠けた不足を埋めてやりたい、自分にそれを補うほどの力があればいいのに。
 沈黙を破る力も、感傷的な空気を壊す力も、クラウドは持っていない。少年の手が軍服の袖を掴み、きゅ、と震えるのを見つけて、ザックスの呼吸は苦しくなった。
 変化を欲して、ザックスは、頼るように空を見上げた。空に瞬く三連星は、見るものの切なさなど知らないで、白く透き通った輝きを放っていた。
 人は、身勝手だ。空を見上げて勝手に喜んで、時に切なくなりもする。
 静かに響く漣の音、降り注ぐ星の明かりは、曇った心まで染み渡る。胸の奥に溜まっていた憂愁をため息に乗せて吐き出すと、不思議と澄んだ心地になった。
 夜明け前の冷えた空気が、混迷していた苦悩を打ち消してくれる。心地よい涼しさの齎す爽快感を噛み締めながら、ザックスは十字の刻まれた頬を持ち上げた。
――俺にはちゃんと、伝わってる」
 顔を起こし、堂々と胸を張って、自信ありげなザックスの声は、静かな夜に響き渡った。
「あいつらは、本当は、仲がいいんだ。一生懸命輝いて、見ている奴に、『俺たちは仲間なんだ、離れてるけど一緒なんだ』って、伝えようとしてるんだ」
 魔晄に染まった彼の瞳は、煌く星空を愛でるように、陶然と細められていた。ザックスにつられて、セフィロスも、クラウドも再び、顔を起こす。
 そこに輝く三ツ星は、人の物憂いなど気にもせず、優しく眩しく光を放つ。俺たちは仲間だ、と、伝えようとしているかのように。
「…都合がいい解釈だ」
 凍えていたセフィロスの口唇に、ふわりと柔らかな笑みが咲いた。それを聞いたザックスの心は素直に喜んで、零れだす笑顔でクラウドへと向き直る。
「クラウドも、そう思うだろ?」
「え…?」
 唐突に話を振られたものだから、咄嗟に反応することができない。覗き込んでくるザックスと夜空とを見比べて、クラウドは当惑していた。
 どうしてこの男は、冷えた空気を打ち壊すことができるのだろう。にこやかに自分を見下ろしてくる青年を見上げながら、クラウドは息を呑んだ。
 ザックスが言うのなら、それが真実であるような気がしてくる。ザックスが言うから、それが真実だと信じたくなる。
 けれど、自分に自信なんて無くて、クラウドの口唇がまごついた。ザックスの大きな掌が、戸惑っている少年の頭をくしゃりと撫でる。
 髪を押さえて顔を起こし、反射的に出そうになった不満の言葉は、天を指差すザックスの姿に取り上げられた。
「よし。セフィロスが右上のやつで、真ん中が俺で、クラウドは一番左のやつな」
 ザックスの指先は、空に煌く黄金三星を、しっかりと捕えていた。本来の名前を奪い、そこに新たな役割をこじつける。
 何を言い出すのか、と、呆れ顔で、セフィロスはザックスを見つめていた。クラウドも呆気にとられ、声を失い、瞳を瞬かせている。
「なんだ、それは」
「いいから」
 そこにある、ただそれだけで神秘的な美しさを披露していた星空も、また別の意味を添えるだけで、愛おしい存在になる。斜めに夜を横切ろうとしている三ツ星を指し終えて、ザックスは満足げに腰に手を添えた。
「俺たちは、仲間だ。離ればなれになっても、あいつらを見れば思い出せるだろ」
 ザックスは、不敵に笑う。ザックスの豪胆な発言に、星は不服を申し立てることもなく、静かな光を注いでいる。
 頭を押さえていた手を膝に乗せ、クラウドはぶるりと身震いをした。歓びを抑え、武者震いを噛み締めて、覚束ない口ぶりで少年は問いかける。
「…俺も、いいの?」
「当たり前だろ。な、セフィロス」
 不安げな面持ちで尋ねた少年に、ザックスは活き活きとした笑顔を向けた。青年は直ぐに顔を上げて、同じ表情をセフィロスへ向ける。
 セフィロスは言葉を詰まらせ、反論する機会を見逃した。百戦錬磨の兵士にはあるまじき失態だったが、地面にしゃがみこんでいた少年兵の表情が明るくなったのを知って、無闇に逆らう気も失せてしまう。
「俺は、英雄になる。クラウドはソルジャーになる。そうやって輝いて、あいつらに見せつけてやろうぜ」
 星はきっと、この先も輝き続けているのだろう。これまでそうしてきたのと同じように、変わりなく、淀みなく光を放ち続ける。
 先ほどまでの息苦しさは既に無く、肌寒い秋の夜なのに、不似合いな温かさすら感じさせる。ザックスは歯を見せて笑い、その無邪気さが眩しくて、セフィロスは瞳を細めた。
 セフィロスと、ザックスと、クラウドと。いつか、その輝きを見たいと願ってしまった。
 お手上げ、だ。哀愁は期待に塗り替えられて、セフィロスの口許は綻んでいる。
 苦笑するセフィロスはまんざらでもない風で、したり顔のザックスへと憎まれ口を叩いた。
「…恥ずかしくないのか?」
「なにが?」
 自信を武器にした青年に、嫌味など通じなかった。右に立つセフィロスが、左に座すクラウドが、同じ想いに胸を燃やすのを感じていたから、戦友の挑発を屁とも思わなかった。
 同輩の青年の不遜な言動を、セフィロスは咎めなかった。それがザックスを調子付かせる一方、クラウドへの激励にも繋がっていた。
「少し、休む。後は任せたぞ」
 腕組みを解き、セフィロスは車体にもたれていた背を浮かせた。ザックスの前を横切って、セフィロスは車の裏へと回ろうとする。承諾の返事もなく歩き出したセフィロスに、ザックスは大きな声を出した。
「ちゃんと覚えておけよ、セフィロス! お前が一番忘れっぽいんだから」
 そう言われるのは心外だったが、セフィロスは反論しなかった。反論も、承認も、拒絶も否定もしなかったから、クラウドの胸には密やかな勇気を灯されたままだ。
 地べたに下ろしていた腰を持ち上げて、通り過ぎる英雄へと少年が声をかける。
「お疲れ様です」
 セフィロスは足を止めて、低い位置から見上げてくる少年を見下ろした。
 彼は、屈託の無い瞳でセフィロスを見上げている。彼を苦しめていた不快感は消えたらしく、志高く真っ直ぐに見つめてくる視線は、心地よいとも言える。
 切なさに締め付けられた胸に、未発達なその光は優しく染み入ってくる。星に抉られた傷を癒し、期待に燃えた心は痛みなど忘れてしまう。
「無理はするなよ」
 小さく言い置いて、セフィロスは再び歩き出した。残り僅かな夜の時間を、ザックスに晴らされ、クラウドに点された心のまま、過ごしていたかった。
 トラックの中へと消えていったセフィロスを見送って、ザックスは、ふ、と息をついた。見張り役を自分一人に押し付けた英雄には不満もあるが、セフィロスが不満を飲み込んだのと同様に、ザックスもそれを口にすることはなかった。
 彼の足元で、膝立って英雄を送り出していた少年が、再び砂の上に腰を落ち着けた。
「クラウドはどうする? 俺が見張っとくから、中で寝ててもいいぞ」
 夜明けは確かに近づいてきているが、今はまだ、空は夜に染まったままだ。目的地であるニブルヘイムへはまだ暫くの距離があり、そこまで車で移動することを考えると、休めるときに休んでいた方がいい。
 ザックスはそう気遣ってくれたが、クラウドは蹲ったまま、動き出すつもりは無かった。波のざわめきをBGMに、彼は再び、空を見上げた。
「もう少し、外にいる」
 星空を海が支え、波の揺らめきが星の煌きを受け止める。神秘的な世界に浮かび上がる、三つの連なりを目に焼き付けておきたかった。
 クラウドの瞳が見つめているものを、自分も見つめていたいと思った。ザックスの笑みは穏やかになって、彼はなにも言わずに、クラウドの隣に腰を下ろした。
 腕と腕が擦れあって、そこから温もりが伝わってくる。涼しい空気に冷やされた体が、じんわりと溶けていくようだった。
 二人は束の間、互いに言葉も交わさずに、同じ空を見上げていた。
 いつの間にか、どちらかが夢にいざなわれ、どちらかにもたれかかる。どちらが先だったのか、それすらも定かではない。
 射しこむ朝日が夜を吸い込んで旅の再会を告げる時まで、空を泳ぐ黄金三星は、旅路半ばの星の種を静かに優しく見守っていた。