on the way to a marridge<ティファ編>

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 かつて この世界を愛し この世界の仲間を愛した人々へ 再び巡りしこの時を捧ぐ――

■   ■   ■
on the way to a marridge
< Tifa Lockhart >
■   ■   ■


 ライフストリーム、それは星を巡る命の流れ。
 星と、星に生きる全ての命の源です。
 神羅カンパニーは、ライフストリームを、
 資源として使う方法を見つけました。
 そのおかげで、私たちの生活は、とても豊かになりました。
 でも、それは、星の命を削ること…そう考える人も大勢いました。

 神羅は、自分たちに反対する人々を、力で抑えようとしました。
 神羅には、ソルジャーという、特別な兵士たちがいました。
 大昔に、空から降ってきて、この星を滅ぼそうとした災厄――
 ――ジェノバの細胞を埋めこんだ人たちです。

 その中に、セフィロスという、とても優秀なソルジャーがいました。
 でも、自分が恐ろしい実験で生まれたことを知って、
 神羅を憎むようになりました。
 そして、いつしか、全てを憎むようになってしまいました。

 神羅と、神羅に反対する人たち。
 憎しみのあまり、星を破壊してしまおうとするセフィロス。
 セフィロスを止めようとする人たち。
 いくつもの戦いがありました。
 戦いの数だけ悲しみがありました。
 私が大好きだった人も、ライフストリームになってしまいました。

 そして、あの日。
 運命の日。
 すべての戦いを終わらせたのは、星自身の力でした。
 星はライフストリームを、武器として使いました。
 地上に吹き出したライフストリームは、争い、野望、悲しみ、
 全てを飲み込んでしまいました。
 悲しみと引きかえに、全部終わったんだよ。
 そう思ったのは、二年前でした。

 でも…セフィロスは
 わたしたちが思うより、ずっとずっと、しつこかったみたいです。

 お願いです。
 どうかクラウドを、連れて行かないでください。

   ■   ■   ■

  クラウドは、疲れているようだった。それも仕方の無いことだと思う。まさか、セフィロスがあんなことを言い出すなんて、誰も思わなかったんだから。
 全て終わったんだ。私たちはすっかり、そう思っていた。失くしたものが多すぎて、取り戻すのに忙しくて、二年間はあっという間に過ぎ去った。クラウドが居なくなってから暫く、突然現れた、あいつら。ヴィンセントは、あいつらをセフィロスの思念体と言っていた。長い銀髪に、長い刀…見間違うわけがないあの人…セフィロス。雲が黒く重く広がっていって、それはまるで、あの日のようで。見守る私たちの心まで、暗く、締め付けられた。
 クラウドは言った。
【 なにが望みなんだ? 】
 セフィロスは言った。
【 私の望みはな、クラウド―― 】
 お前の、お嫁さんになることだ。
 なによ、それ。
 セブンスヘブンは、新しい都会、エッジの片隅にあった。ミッドガルに出てきて、バレットたちに出会って、楽しい仲間とすごした、かつてのあのお店はもう無いけれど。新しい店、その名に込めた想いは、口にしなくても、クラウドも、バレットも、みんなわかってくれていた。
 マリンはよくお店を手伝ってくれた。クラウドのお蔭で新しい仕入れルートも順調だし、順風満帆、とまではいかないかもしれないけど、それでも十分、楽しかった。
 デンゼルが来てから、私たちの生活はさらに一変した。星痕症候群。今まで眼を向けないようにしていたけれど、それと向き合わざるを得なくなった。クラウドは、仕事の合間に星痕症候群について調べているみたいだった。でも、やはりそれを治す手段はどうにも見つからなかった。私は少しだけ、悔しかった。デンゼルとマリンに、クラウドを取られたような気がしていたから。毎日がせわしなくなって、争いの無い平和な日々であったけれど、いつもどこかビクついて、そしてどこか、寂しかった。
 唐突に、クラウドは居なくなった。
 【 大きな仕事が入ったんだ。暫く戻れないかもしれない。 】
 たったそれだけを言い置いて、クラウドは名残ばかりを残して、セブンスヘブンから消えた。私は、クラウドを探したくなかった。クラウドは必ず戻ってくる。私はただ、それを待っていればいいんだ。
【 ティファ、クラウドを探しに行こうよ 】
 マリンはそう言ったけど、本当は気乗りしなかった。探してしまうと、居なくなったことを認めてしまうようで、嫌だった。
 クラウドの居場所、それを考えて、最初に思いついたのが、あの場所だった。ミッドガルのあの場所に、それは変わらずにあった。あの日、崩れたミッドガルに、未だそれがあることは、なんだか不思議な気持ちだった。嬉しいような、切ないような。
 忘れられた教会に、クラウドの片鱗があった。ユフィとの約束どおりにマテリアを詰めたボックスに、彼の持ち歩いていた固い簡易な布団が一組。なんだか、複雑な気持ちだった。やっぱり、忘れられないのかな。それは私も同じだけれど、クラウドは私たちより、思い出を、彼女を、エアリスを取ったのかな、って、そう思ったから。
「…というわけで、嫁のセフィロスです」
 セブンスヘブンに戻るまで、私は一言も喋らなかった。エアリスのお蔭で星痕も治って、しばらく教会でその喜びを分かち合っていたけれど、帰る場所の無いセフィロスは、店に連れて帰るしかない。マリンとデンゼルと手を繋いで、その後ろにクラウドと、セフィロスがいて。何を喋ればいいのかなんて、わからなかったもの。マリンも、デンゼルも、話に聞いていたセフィロスの突然の出現にとても驚いていたけれど、子供の順応力というのは凄いと感心する。私が何も喋らないものだから、二人がずっと、間を持たせてくれていた。
「…へぇ……」
 お店に戻ってきてようやくの、クラウドの言葉に、デンゼルが応えた。デンゼルの眇めた瞳が、意味深にクラウドとセフィロスとを見比べている。
「キレイな人だね」
 マリンはセフィロスを見るのは初めてだった。後で聞いたら、どうやら、もっと怖い人を想像していたらしい。私や、みんなの話を聞いていたからかもしれない。それでも、かもし出す雰囲気にあてられて、どうやら彼らと視線を合わせることができないようだった。
「…お気遣いありがとう」
 クラウドは終始、暗い顔持ちだった。なんだか疲れたように、ため息も多かった。ため息つきたいのは、こっちの方よ。そう言いたかったけれど、私はそれをぐ、と堪えて、つっけんどんに言い放った。
「…それで、これからどうするの?」
 さっきは、クラウドが余りにも不憫だったから、おめでとう、なんて言ってしまったけれど…。冷静に考えて、心から祝福なんて出来るわけがない。
 男同士だとか、そんなことは関係ないの。クラウドとセフィロスがどうだとか、そんなことはなんとなく気づいていたし、今更驚きもしない。クラウドは、何でも一人で背負い込んで、一人で決めてしまうんだもの。それがなんだか、イライラした。
 クラウドは黙ってしまって、いつもの困ったような顔で、眉をすっかり顰めてしまう。私は遠慮しなかった。クラウドをじ、と見詰めて、今回ばかりは逃がさないと決めていた。
――セフィロス。悪いが先に部屋に行っててくれないか?」
 クラウドは、私と視線を合わせようとしない。
「わかった」
 セフィロスが素直に従うだなんて、気持ちが悪い。
「マリン、俺たちも行こう」
 デンゼルは少し大人びた風で、マリンの手を引いて歩き出した。
「あ、待ってよ」
 マリンもつられて歩き出すけれど、廊下を渡る足音とは裏腹に、何度もこちらに振り返って、気にしているようだった。
 クラウドがため息をついた。今日、もう何度も聞いたそれを、私ももう聞き飽きていた。
 店内の明かりは少し暗く絞ってある。元々この店はバーであったのだから、これくらいで丁度いい。クラウドの金髪にも温かな光が落ちていて、薄い陰に、くっきりとした彼の整った目鼻が際立っていた。
 私は待った。ここで私から話し出してしまったら、私が怒っていることの意味が希薄になってしまう。クラウドがセブンスヘブンに戻ったのは久しぶりで、それを喜ぶ気持ちも無かったわけじゃない。でも、それ以上の不安が、私の心を揺さぶっていた。
「……俺たち、ここを出るよ。マリンたちもいるし」
 ――やっぱり。そうじゃないかな、そうだろうな、と思ってたけど、いざそうなってみると、胸が苦しくなった。
「セフィロスのことは、俺がついてるから大丈夫だ。なにかあっても、俺がなんとかする」
「クラウドは本当にそれでいいの?」
 私は、自分が心底、意地悪だと思った。クラウドは押し黙って、俯いたままでいた。クラウドが反論しないのをいいことに、私は更にクラウドに問い詰めた。
「相手はあの、セフィロスなんだよ?
 周りに何か言われたり、きっと嫌な思いもいっぱいする」
 私はあえて、言わなかった。今私が、胸に抱いている気持ち。セフィロスに、クラウドを取られたくない。それを、言わなかった。
「あの人を許せない人、たぶんいっぱいいる」
 当たり前でしょう。あの人は私から、父さんを、村を奪った。エアリスだって…。それだけじゃない。あの人のせいで、いっぱい、いっぱいの悲しみと苦しみがあった。
 セフィロスは神羅につくられて、ジェノバに魅入られてしまった。それはもしかしたら、セフィロスの望んだことではなかったかもしれない。でも、それなら私は、誰を憎めばいいの?
「私だって、まだ……」
 胸が苦しかった。なぜか鼻奥がツンとして、涙が込み上げてくるようだった。
「わかってるよ、ティファ」
 はっとして、私は顔を上げた。苦しさを、痛みを噛み締めるクラウドが、そこにいた。
「でも……」
 クラウドが、平気でいられるわけなかった。ズルズル、ズルズル。私はようやく、気がついた。
「それでも、俺は……」
 クラウドはきっと、許せない。セフィロスが生きてること、傍にいること、幸せでいること。その全てをきっと、許せない。
 仕方が無いことなんだと言い聞かせて、それでも喜んでいるクラウドがきっと、どこかにいる。それをクラウドが、許せるはずがない。ついこの間だって、そうして私たちの前からいなくなったばかりじゃないか。
 クラウドを、助けてあげたかったはずだったのに、その私が彼を、苦しめようとしていたんだ。私は、小さなため息を漏らした。
 クラウドは難しそうな顔で、握り締めた指先をずっと見つめている。俯く視線はそのままだけど、大きな瞳が細く揺らいで、痛々しいほどだった。クラウドの眼の色、もう私は随分昔に慣れてしまった。魔晄の瞳、かつてはなかったその彩りも随分馴染んでいるように見える。
「…ねぇ、クラウド。覚えてる?」
 おもむろに口を開くと、クラウドがふと、視線を上げる。
「北の大空洞に行く前。夜空、綺麗だったね」
 私の顔は自然と、綻んでいた。
 空にはメテオがあって、大きなそれは星の危機、なんてものじゃなくて、もっと邪悪な、もっと不穏なものを予感させていた。それなのに、夜空は綺麗で、世界は綺麗で、二人っきりで。
「…ああ」
 クラウドは頷いた。
 二人きりになったのは、本当に久しぶりで。あの日、もしかしたらそれが最後になるんじゃないか、なんて、とてつもない不安の胸にひしめく中、クラウドは夜明けまでずっと、傍にいてくれた。
「私、怖かったの。クラウドがいなくなっちゃうんじゃないかって、そう思って」
 ライフストリームの中で、クラウドを見つけた。クラウドは、私が知っていたクラウドよりも、ずっとクラウドらしいクラウドで。でも、私の知らないクラウドもいっぱいあって。それでもあの時、傍にいてくれたこと。クラウドがいなくなってしまっても、ここで待っていれば、きっと帰ってきてくれる。給水塔のあの思い出と同じに、あの夜空の記憶も、支えになってくれていた。
「本当に、いなくなっちゃうんだもの」
「……ごめん」
 クラウドは申し訳なさそうに、呟いた。少し、意地悪をしすぎたかもしれない。私は笑った。
「クラウド。想いを伝えられるのは言葉だけじゃないけど…言葉にしないと、伝わらないものもあると思うの」
 ただ、傍にいた。それだけで十分、分かり合えた気がしてた。それで足りないわけじゃない。だから聞かせて、あなたの口から。
「…クラウド。私のこと、好き?」
 クラウドは、驚いたように一度、大きく眼を瞬いた。
 開店時は音楽をかけているけれど、しんとした店の中に伝わる音はなにもなくて、ただ、見詰め合う私たちだけがいて。私は何故か、さっきまで胸をいっぱいにしていた不安が、消えていることに気がついた。
――ああ」
「マリンは、好き?」
「ああ」
「デンゼルも?」
「うん」
 彼の名前を呟く時だけ、私は不思議と、緊張した。
「…セフィロスは?」
「………」
 クラウドは答えなかった。また、眉を寄せて、俯いてしまって。わからない、とでもいうように。それを言っていいのか、躊躇うように。
「言って、クラウド」
 私は何故か、落ち着いていた。問い詰めるでもなく、追求するでもなく。受け止めようと思った。もう、許してあげてほしかった。
――好きだ」
 ねぇ、エアリス。エアリスは、どう言うかな。私ね、クラウドのことが好きだったの。恋、だったのかな。ううん、醒めてしまうような、そんな感情じゃない。付き合いたいとか、そういうのじゃなくて、ただ、好きでいるだけで、それはとても特別で。エアリスは、どうだった?きっと、私と同じ気持ち。
 格好良いとか、綺麗とか、可愛いとか、そんなことを思うよりもずっといっぱい、好きだっていう気持ちがあった。今までも、そして、今も。
 ああ、お願いだから、そんな辛そうな顔をしないで。
「よかった」
 クラウドは意外そうな顔を見せていた。私は、自分が思うよりもよっぽど自然と、微笑っていた。
 ねえ、クラウド。私ね、あなたのことが、ずっと――
「私も好きよ、クラウド」
 椅子に腰を下ろす私とクラウドの間には、腰高のテーブルが広がっていた。それに肘をついて、身を乗り出して、見つめる私を、クラウドの淡い色の瞳が見つめていた。
「マリンも、デンゼルも、あなたのことが大好き」
 恋することに臆病な、私とあなただったけれど。あなたは私に、恋することよりもっと、素敵なものをくれたの。
「だから、いいよ。大丈夫」
 正直、セフィロスのことを許せるかどうかは、まだわからない。でも、クラウドが、自分で決めたことだから。だから、私たちは、私は、大丈夫。
「……いいのか?」
 クラウドは不安そうに尋ねる。私は机の上に組んだ肘を指で包んで、ゆっくりと、頷いた。
「でも、約束して」
 いろんなことが、あったよね。
「なにかあったら、必ずここに帰ってきて」
 これからも、いろんなこと、あるんだろうね。
「私たち、家族になったんだから」
 ありがとう、クラウド。
「ね?」
 世界は静かで、とても、静かで、それはまるで、北の大空洞で過ごした、あの夜のようだった。きっともう、なにに脅かされることもない。だから、解放してあげよう。なににも縛られなくなったクラウドの、隣にいるのは私じゃないかもしれないけれど。それでも、私たちはこんなにも、繋がっているんだから。
 クラウドは、何かを言おうとして、言葉を詰まらせた。ゆっくりと息を吸い込んで、吐き出したのは最後のため息。
「ティファ」
 クラウドの綺麗な眼が私を包み込んで、クラウドの澄んだ声が、私の名前を呼んだ。小首を傾げて応える私に、クラウドは言った。
「もしもティファが、困ってたら。その時は俺が、助けにいくよ」
 胸が熱くなって、心が震えた。
――約束する」
 離れていた時も、近くにいた時も、私たちはきっと、繋がっていた。幼馴染だとか、仲間だとか、そんな名前をつけなくても、私たちはきっと、特別だった。
「……うん」
 触れなくても、感じていられる。口にしなくても、わかりあえている。
 私は、頷いた。ゆっくりとたゆたっている時間は静かで、私たちは少ししてから、どちらともなく、照れたように笑った。想いの溢れた心がくすぐったくて、私たちは笑った。
 それは、いつか思い出になる夜のこと。給水塔の夜、ライフストリームの淵から戻った日、北の大空洞でみた夜明け。そのどれもと同じように、私の記憶に深く刻まれて、支えてくれる。私は、この夜のことを忘れない。忘れられない優しい夜が、暫くの間、二人だけの、私たちを包んでくれていた。