on the way to a marridge<デンゼル編>

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on the way to a marridge
< Densel >
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 その教会は、相変わらずそこに建っていた。エッジの街とは違う、けれど俺にとっては懐かしいその匂いが鼻先をつく。教会に近づくにつれて、マリンの足は急いていく。彼女の背中を追っていた俺へと振り返って、マリンは大きく手を振った。
「おい、気をつけろよ」
「大丈夫」
 足元の不確かな道を進むことを、バレットが注意する。ここ暫く、セブンスヘブンは盛況だった。客人を多く迎えたセブンスヘブンの賑やかさも束の間、みんなを送り出して、少し萎れていたマリンの表情は軽やかだった。俺の心は逆に、どんどんと重たくなっていった。
 クラウドとセフィロスの結婚披露宴招待状を持って、神羅の人たちがセブンスヘブンを訪れた。同時にドレスの採寸が始まって、クラウドの顔がみるみる蒼白になっていった。シドさんは、ユフィとナナキ、それからヴィンセントさんを連れて、飛空艇で帰ってしまった。リーブさんは、やっぱり忙しいらしい。それでも式には必ず顔を見せると言っていた。騒々しい店にティファを残して、俺たちは今、ミッドガルへと歩いている。みんなを見送って、そのついでと言ってはなんだけれど、あの日以来、花の代わりにライフストリームの泉の広がっている教会へ、立ち寄るためだった。
 教会の扉を開いて、マリンは駆け足に中へと入っていく。この前までは、星痕の残る人たちが癒しを求めて並んでいたものだけれど、今ではそれもなくなって、教会はひっそりと佇んでいる。ライフストリームは穏やかな水面を湛えていて、むせ返るような花の香りの代わりに、今では爽やかな水の香りが広がっている。
「父ちゃん!
 デンゼル!」
「おう」
 マリンの顔は、嬉しそうだった。靴を脱いで、丁寧に並べて。花畑だったその場所に、いまや広がる泉に爪先をつけ、ばしゃばしゃと音を立ててそれに触れる。片手をあげて、バレットはそれを楽しそうに見守っていた。美しい花びらの鮮やかさこそない少なくなってしまったものの、そこに優しく広がる水面は、マリンのよく知る人物の優しさそのものだった。
 俺はため息を零した。なんだか気持ちがイライラしていた。店に居たときはそうでもなかったんだけれど、店を離れて、俺の気持ちはざわついていた。
 セブンスヘブン――俺たちの家にセフィロスが来てから、まだ何日も経っていないのに、なんだか凄く長い時間が経ったような気がする。教会の奇跡のお蔭で、星痕症候群は癒された。俺の病気も治って、みんなも、俺も、それを純粋に喜んでいた。暫くの間、多くの人たちの喜びが溢れて、町はお祭り騒ぎになっていたけれど、ようやくそれが落ち着いても、俺の心は落ち着かなかった。
 クラウド、ティファ、マリン、俺。エッジで過ごす日々は、この四人で成り立っていた。あの騒ぎ以降、多くの人たちが一同に会して、最初はみんなの思い出話に興味津々で首を突っ込んでいたけれど、どことなく感じていた居心地の悪さが、ゆっくりと濃くなっていった。そして、あいつが…セフィロスがいて、不快さは一層、増していった。
「浮かねぇ顔だな」
 バレットは、マリンの父親だ。泣く子も黙る強面と、その右腕の銃に、最初は恐ろしさを感じていた。でも、マリンを前にすると、この大人はただの親バカに姿を変える。だからそこまで警戒する必要もない。教会の古びた木板の上に立ち尽くしていた俺は、隣のバレットを見上げて、首を振った。
「別に」
「散歩しようっつったのはお前だろうが」
「マリンが喜ぶかなって、思っただけだよ」
 みんな、仲間だったんだ。一緒に星を守るために戦った。憧れがあったんだと思う。かっこいいな、凄いなって、純粋にそう思った。クラウドは、昔の話はあんまりしたがらないし、ティファやマリンから聞くくらいしかできなかったけど、みんなが集まって、昔の話に花が咲くのは当然のことだ。それを聞くのは楽しかった。そして同時に、悔しかった。どうして俺は、そこにいなかったんだろう。
「そんな顔しなくても、式でまた会えるじゃねぇか」
 セフィロスは敵だ。そう聞いていた。メテオを呼んだのも、星痕を作り出したのも、セフィロスらしい。あの騒乱で、いろんなものを失って、星痕のせいで、いろんなひとが苦しんだ。
 クラウドは強い。セフィロスを倒して、星を救った英雄だ。気のいい仲間たちが集まって、みんないい人たちばかりで、出会えてよかったと思った。でも…。
「クラウド、ホントに結婚するのかな」
 俺は小さく、呟いた。マリンは楽しそうに遊んでいる。それを邪魔しないように注意しながら漏らした呟きに、バレットが眉を寄せた。
「あん?
 どうしたよ、いきなり」
「バレット、どうして反対しなかったんだよ」
 ティファなら、止めてくれると思った。バレットも同じだ。クラウドが、俺たちをおいてどこかにいってしまうはずが無い。確かにそう、約束したじゃないか。結婚だなんて、ただの冗談だろう。第一、男同士の癖に。
 俺が言わなくても、当たり前にみんなが邪魔してくれると思っていたのに。なのに、いつの間にかそれは決定になって、今更取り返しがつかなくなってしまった。何も知らない、付き合いの浅い俺には覆すことのできない事態に進展してしまって、歯がゆかった。
 見上げると、無数の傷のついた顔で俺をまっすぐ見下ろしていて、俺はなんだか、居堪れなかった。
「みんなクラウドのこと、なんだと思ってんだよ。あんなに嫌がってるのにさ」
 ユフィがはやしたてて、それをシドさんも助長して。クラウドは困ったように眉を寄せてしまう。それを助けようともしないで、結婚騒ぎの発端となったセフィロスは、興味なさそうに黙りこくっている。イライラした。なんだかとても、イライラした。
「みんなの為に、クラウド一人が犠牲になってさ…。クラウドがかわいそうだ」
 クラウドの結婚が、セフィロスの示した条件だった。バカバカしい話だと思う。クラウドの人生が、この星の平和と引き換えになるなんて。でも、不思議とみんな、なにも言わなかった。ティファでさえ、不満そうな顔をして、それなのに反対しようとはしない。
 俺は、一人だけみんなと気持ちを共有できなくて、言い様のない苛立ちを噛み締めた。
 唐突に、俺の頭はバレットの大きな掌に押さえつけられた。その重みに首を竦め、痛いと眉を寄せて睨む俺に、臆することなくバレットは言う。
「ったくガキだな、お前はよ」
「なにするんだよ、離せよっ」
 その手が重いと、腕を押し上げようとするけれど、バレットは無遠慮に俺の髪を掻き乱してしまう。なんだっていうんだ。子供だからって、バカにするな。
「やりてぇことを、やりてぇように出来るガキと違ってな、まわりがせっつかねぇと、やりてぇこともできねぇ奴もいるんだよ」
 どういう意味だ?クラウドが、結婚したがってるっていうのか?……セフィロスと?
 バレットの言うことの、意味がわからない。強く眉を寄せて、俺は尋ねる。
「でも…セフィロスって、敵なんだろ?
 みんな、セフィロスを倒すために、戦ったんじゃないのかよ」
 俺の知らないところで、俺の知らない時のこと。だから俺が口を出すことなどできるわけがない。けれど、今のことであれば、話は別だ。いくら仲間であったからといって、クラウドの、俺たちの、生活を脅かしていいわけがない。
 俺の頭に腕を置いたまま、見下ろすバレットを睨み据えていた。バレットは小さな目を丸くした。薄く開いていた口唇を引き結ぶと、バレットは細いため息を漏らした。
「あのなぁ。お前に、言おうと思ってたことがあるんだけどよ」
「なんだよ」
 バレットの掌が、ゆっくりと離れていった。俺は前髪をなおしながら、口を尖らせて尋ねる。
「七番街が爆破されたのは、俺のせいだ」
 心臓が抉られたような気がして、俺は思わず息を呑んだ。
「なんだよ…改まって」
「俺たちアバランチのせいで、大勢の人が犠牲になった。お前の父ちゃんと母ちゃんが死んだのは、俺のせいだ」
「やめろよ。なんでいきなり、そんなこと言うんだ」
 クラウドの話をしてたはずなのに、いきなりなにを言い出すんだ。俺の頭は混乱していた。
 ティファやバレットが、アバランチのメンバーだった……そんなことは、知っていた。七番街に住んでいた俺たち家族を、あの日のテロが引き裂いた。テロリストの所為で、父さんと母さんは死んでしまって、俺は帰る場所を失った。
 それを憎んだこともあった。恨んだこともあった。今は、ようやく手に入れた自由な体と、かけがえの無い大好きな人たち。それがあってもう、忘れた感情だと思っていたのに。
「すまねぇ。悪かった」
「………」
 俺は言葉を失った。なんで今、それを言うんだ。ぐちゃぐちゃした頭の中が、更にぐちゃぐちゃにかき回される。握り締める拳に汗が滲んで、気持ち悪い。俯いてしまった俺の前で、バレットのふ、と漏らす吐息が溶けた。
「ずっと、ぐるぐる考えてたんだけどよ。俺は結局、許してほしかっただけなんだよな。星を救おうだなんて、星のために戦ってたわけじゃねぇ。俺はただ、マリンのために、俺が許されるために、戦ってただけなんだ」
 星を救った英雄。そう言ったとき、クラウドがとても悲しそうな顔をしたのを、俺は思い出した。あれからあえて、その言葉を口に出さなくなった。俺は恐る恐る、顔を上げた。
「許されるってのも、難しくってよ。どうすれば許してもらえるのかも、正直よくわからねぇ。星中旅してみたけどよ、結局、わかったんだか、わからなかったんだか」
 バレットは、突然旅に出た。マリンを気にして時々連絡がきたけれど、どうやらいろんなところを巡り巡っていたらしい。肩を竦め、歯笑いを見せるバレットを、俺は訝しげに見詰めていた。
「でもまぁ実際、許されねぇってのも辛ェが…もっと辛ェもんがある」
「……なに?」
 いつの間にか、俺はバレットの話しに聞き入っていた。マリンは両足をすっかり濡らしてしまっていて、屋内に似合わない水音が爽やかに響いていた。
「許せねェってのは、もっと辛い」
 普段は、人間性を疑うほどデリカシーのない男であるのに、今日のバレットは静かだった。マリンを見守る表情は、彼の強面からは想像も出来ないほど穏やかだ。マリンは、泉の畔に根を生やす花を、愛でるように指で撫でる。それを見つめながら、バレットの表情は穏やかで、俺はなんだか、鼻先にツンとした痛みを感じていた。
「誰かだったり、何かだったりを、憎みながら生きてくことができるほど、人間は強かねぇのさ」
 魔晄炉を爆破したテロリストが、全ての元凶だと思っていた。実は、悪いのは神羅カンパニーだった。更に悪いのは、セフィロスだった。そうして考えていくと、キリがない。
「それ、誰の言葉?」
 疑わしげに眉を寄せて、俺は尋ねる。
「…シドが、そう言ってた」
 やっぱり、だ。俺は思わず苦笑した。
 バレットが言うにしては、少し説得力がありすぎる言葉だと思った。シドさんの台詞だと思えば、なんだかしっくりと、納得してしまった。
 クラウドに会うまでは、毎日が暗く、重たかった。クラウドに出会って、毎日が明るく、軽くなった。ティファやバレットが元アバランチだったと知って、ショックだったけれど…みんなが俺にとって、大事な人なんだってことは、変わらなかった。
 大分迂回したけれど、ようやく俺はバレットの言いたいことを探し当てた気がした。
「それって…セフィロスのこと?」
 バレットはすぐにはうんと言わなかった。ただ、髭を擦りながら顎を引くその様が、俺には頷くように見えた。
「正直、気にいらねぇけどよ。でも、アイツを許してやりてぇって、思ってるんだろうぜ。俺も、ティファも、あいつらもな」
「クラウドは?」
「………」
 クラウドは、どう考えてるんだろう。元々、クラウドは話したがりじゃない方だ。しかも、セフィロスのことになると、クラウドは重い口を更に噤んでしまう。そして周りもそれを知っていて、語ろうとしない。だから俺は、察するしかできないんだ。でも、ただでさえわからないものを、察するのは難しい。
 バレットは、さっきまでよりもずっと、難しい顔をしていた。もしかしたら、それを見詰める俺の顔の緊張に、つられていたのかもしれない。
「父ちゃん、デンゼル」
 びくりとして顔を上げると、両手に抱えた何本もの花に彩られ、マリンがこちらへと駆け寄ってきた。花弁をめいっぱい広げて、芳しい香りを撒き散らし、可愛らしい花たちは、まるで笑っているようだ。
「勝手に抜いちゃダメだって、言ってたじゃないか」
「お姉ちゃんも許してくれるよ」
 花の手入れに、マリンは神経質なほどに過敏になっている。セブンスヘブンに何本かを連れてきた以外は、ちょっとでも花を踏んでしまおうものなら、とてつもない雷が落ちてきたというのに。
「これ、ブーケに入れてあげようよ。クラウド、喜ぶんじゃないかな」
「喜ぶかなぁ」
「喜ぶさ」
 俺は顔を渋くしたけれど、横からバレットが即座に答える。太い左腕が伸びて、俺の頭を掻き乱した手とは思えないほど柔らかく、その手はマリンの頭を撫でる。
「マリンが許してやれば、クラウドも安心するだろうぜ」
「クラウド、照れ屋さんだからね」
 ああ、なんだ、そういうことか。俺はなんだか、拍子抜けしてしまった。
 握り締めていた手を解くと、べっとりとした汗が滲んでしまっている。それを服で拭い取って、俺は思わず、笑ってしまった。
 みんなちゃんとわかってるんだ、クラウドのこと。だからみんな、ティファも、バレットも、許してやりたいと思っている。セフィロスのことだけじゃなくて、不器用で臆病な、クラウドのことを。
「マリン、俺も手伝うよ」
 両手から零れ落ちそうなほどの花を抱きかかえたマリンへと、俺は手を差し出した。俺は初めて、この結婚を祝福したいと、そう思っていた。
「みんなで祝ってやったら、いくらあいつでも、腹括るしかねぇな」
「同感」
 いたずらっぽく、バレットは笑った。マリンもくすくすと笑みを漏らして、肩を揺らす。
 誰かだったり、何かだったりを、憎みながら生きてくことができるほど、人間は強くない。誰かだったり、自分だったりを、憎みながら生きてくことなんて、できるわけがない。
 俺はようやく、みんなと気持ちがひとつになれた気がして、嬉しかった。クラウドを許してあげよう。クラウドが、クラウドを、許してやれるように。
 教会の静かな花畑を荒らさない程度に花を摘んで、噎せ返るような花の香りに囲まれて、俺たちは家路を急ぐ。エッジへと向かう俺たちに、大きな夕陽の斜めの光が差し込んでいた。