on the way to a marridge<ユフィ編>
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on the way to a marridge
< Yuffie Kisaragi >
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ティファはいそいそと、食事の準備を進めている。厨房に立ち、ぐつぐつと煮込む鍋の火加減を調整しながら、リズミカルに包丁を動かす彼女を見詰めて、アタシは狭いカウンターから身を乗り出した。
「それで、許しちゃったわけ?」
少し困ったように眉を寄せて、ティファは首を横に振った。
「許したわけじゃないわよ。認めただけ」
「同じことじゃん」
最初は面白がっていたけれど、よくよく考えてみれば、危なっかしいことこの上ない。そもそも、あのセフィロスがしてきたことで、よかったことなんてあったためしが無かった。
シドのオヤジとシエラさんの結婚は、おめでたい気持ちで一杯だったのに。アタシはなんだかやりきれなくて、神羅の連中の送りつけてきた招待状をもう一度開いてみた。
そりゃ、亀道楽の料理の美味しさは、ウータイで生まれ育ったアタシはよく知っている。タダで高級料理フルコースが楽しめるなんて、こんな機会は滅多にあるもんじゃない。楽しみに思う気持ちも本物だけど、なんとなく胡散臭くて、アタシはどうにも、お祝いムードになりきれずにいた。
唸るアタシの足元で、寝そべっていたナナキが貌を上げた。
「そんなに、悪いことかな?」
タークスの届けてきた招待状を片手にエッジを訪れたアタシたちは、開店準備に励むティファを邪魔しながら、自慢のお茶をご馳走になっていた。自慢の、と言っても、アタシがティファにあげたものなんだけど。だって、お店に遊びにきても、お酒は飲ませてくれないんだもの。
さっきまで一緒に居たけれど、クラウドはセフィロスを連れて、どこかへ行ってしまった。二年前、セフィロスを倒したアタシたちを前にしては、クラウドも、どうにも居心地が悪かったんだろう。
「悪いっていうより、怪しくない?
相変わらず、イマイチなに考えてんのかわかんないだよねー」
「だからって、悪く言っちゃだめだよ」
「アンタ、やけにセフィロスの肩持つじゃない」
ナナキは尻尾を緩やかに持ち上げて、薄く開いた口からため息を零した。今日の夕飯は、シチューになるだろう。包丁がまな板を叩く音が、静かに響いていた。
「シドのときは何も言わなかったのに、なんでクラウドの時は反対するのさ?」
ナナキは拗ねたように低く呟く。別に、反対してるわけじゃないけど…。アタシは焦ってティファを見上げたけれど、ティファは食事の支度を続けるだけで、助け舟を出してくれない。
「反対してるとかじゃなくてさ。なんか、心配じゃない?」
「クラウドが決めたことなんだから、それでいいじゃないか。オイラたちがどうこう言えることじゃないよ」
ナナキの言うことは、正論だ。まったくの、正論だ。そんなことわかってるよ。ただ、アタシは…
「クラウドが可哀想だ」
そう言って、ナナキは瞳を閉じてしまった。反論する言葉を遮られ、アタシはなにも言えなくなってしまった。何故か居心地が悪くて、アタシは無理に笑って場をなごませようとしながら、ティファを仲間に引き込もうとした。
「ティファも、そう思うよね?」
ティファの料理の手が、ふと、止まった。顔をあげて、なんだかぼうっとした様子で、ティファは呟く。
「…そんなに心配しなくても、大丈夫かもしれないわ」
「うぇ?」
思わず、変な声が漏れてしまった。ティファがまさかまさかそんなことを言いだすと思わなくて、アタシは大きく瞬きして、彼女を見詰める。
ぐつぐつと、大きな鍋には煮立ったダシ湯が音を立てていて、ティファはそこに刻んだ肉を丁寧に入れていく。遠くを見詰めて、小さなため息を吐いたティファ。クラウドとは昔からの幼馴染みで、ティファはいつだって、クラウドのことを誰よりも心配していた。そんなティファだから、少女時代の憧れめいた感情を思い出にできたのに、あんな奴にかっ浚われるなんて、納得できない。
さっきまではクラウドたちのことが気に掛かっていたけれど、今のアタシはクラウドやセフィロスより、ティファに興味津々だった。どんな心境の変化があったのだろう。カウンターに身を乗り上げて、アタシは尋ねる。
「なになに、どうしちゃったワケ?
ティファが一番反対すると思ってたのに」
溢れ出す笑いは、自分でもいやらしいと思うけれど、堪えられなかった。ティファは少し照れたように頬を染めて、鍋を大胆にかき混ぜている。アタシの足元で、ナナキがゆっくりと顔を上げた。
「別に、大した意味はないのよ。私だって最初は反対したわ。ただ…」
「なになに、勿体ぶらないで教えてよ」
ティファの口振りが焦れったくて、アタシの心はやきもきした。急かすアタシを見つめて、続けようとしたティファは声を詰まらせ、思わずといった様子で、ため息を漏らす。
「ユフィは、変わらないね」
「え?」
急な展開には、弱いんだ。いきなり話をすり替えられて、アタシはなぜか顔が熱くなった。
「ユフィがいると、楽しいわ。いつも明るくしてくれるから」
「ちょっと騒々しいけどね」
「ちょっと、そんな話してたっけ?」
さっきまでは不機嫌にしてたのに、ナナキまで同調するものだから、なにを話してたのかわからなくなってしまう。動揺するアタシを笑うティファが、意地悪だと思った。
「いいのよ、ユフィはそのままで。何もかも変わってしまうなんて、ちょっと寂しいもの」
そういうティファは、さっきよりも少し、楽しそうだった。
「…なんか、変わったの?」
「私だけじゃないわ」
「じゃあ、クラウド?」
当たりだろう、と思っていたのに、ティファはゆっくりと、首を振る。ティファが何を言おうとしているのか判らなくて、アタシは珍しく、眉を寄せた。
この二年、世界はめまぐるしく変わっていった。変わっていく世界をまさに駆けずり回って、息つく暇もなかったけれど、なんだか今、すっきりしている。みんなの頭を悩ませていた星痕はなくなったけど、代わりにセフィロスなんて危なっかしいものを手に入れたのに、なんだかティファは、楽しそうだ。はぁ、と深いため息を漏らして、アタシはカウンターに突っ伏した。
「アタシも、変わろっかなぁ…」
ポロリとアタシが呟くのを聞いて、ティファは洗った皿を拭きながら言った。
「いいことばかりじゃないわよ」
「みんな変わってくんだもん。アタシだって変わりたい」
「やめときなよ。ユフィが変わるだなんて、メテオが降る」
「ちょっと、どういう意味よ」
あとは煮あがるのを待つばかりとなって、ティファは開店の準備を進めている。床に寝そべるレッドの尻尾はぱたぱたと踊って、鋭い牙を隠す口は今はなんだか楽しげだった。
唐突に、悲鳴にも似たエンジン音がして、急なブレーキと共にそれは止まった。大きな音を立てて扉が開いて、血相を変えたクラウドが帰って来た。恐ろしいほどの形相でセフィロスを引き連れるクラウドに、アタシたちは思わず声を詰まらせた。店の奥へ逃げるように歩みを進めながら、クラウドは言った。
「ティファ、俺たちは旅に出る。誰かきても、ここには居ないと言ってくれ」
「いい、けど…どうしたの、なにかあったの?」
「仕事は休業だ。当分連絡もしてくるな。荷物はほとほりがさめたら取りに…」
「酷いじゃないですかー、いきなり逃げだすなんて」
クラウドの台詞の終わらぬうちに、扉の開いた音がした。まったく、来客の多い店だ。扉をあけた制服には覚えがあった。
「タークス!?」
思わずアタシは叫んだ。満面の笑みを浮かべる黒スーツの女性が詰め寄ってきて、クラウドの顔がどんどん蒼白になっていく。
「社長命令なんですから。協力してくださいね、元ソルジャー、クラウドさん」
情けなくも、クラウドは悲鳴を上げる。その隣に一人冷めた顔で佇むセフィロスをなんとか隠そうとしているようだが、あんな長身、どこに居ても目立つだけだ。
「……どうしたの?」
カウンターの中から、イリーナに次いで入ってきたツォンを迎えて、ティファが尋ねる。相変わらずの鉄面皮。スーツを襟元までかっちりと着こなして、見てるこっちまで息がつまりそうだ。
「…結婚式の、ドレスの採寸だ」
「ドレス?」
店の中をドタバタと、セフィロスを巡った攻防が広げられている。アタシはなんだか、楽しくなってきた。
「いーじゃんクラウド。結婚式なんだから、ド派手な衣装作ってもらいなよ」
口に手を添え、外野から野次を飛ばすと、セフィロスの左腕を必死に引こうとするクラウドが硬直した。ねえ、と、同意を求めて見上げると、ティファも意地悪く頷きを返す。
「花嫁にとって、ドレスって大切なのよ」
頼りなく眉を寄せて、助けを求めるように見上げるけれど、セフィロスは涼しい顔で、なんでもないことのように頷いた。
「別に、私は構わんぞ」
「アンタがよくても、俺が嫌だ!!」
「はい、そこまで。決定事項ですから、文句言わない」
セフィロスの右手を捕まえたイリーナが、満面の笑みで止めを刺す。クラウドの苦悩のうめき声は黙殺された。店の中で、彼らがちゃきちゃきと採寸を始めるのを見守りながら、アタシは声をあげて笑った。
いつもなにかにビクビクして、いつもなにかにイライラして。そんな世界だったけど、今は何故だろう、ばかばかしいこんな日常が、たまらなく愛しく思えてくる。
大人しくメジャーをあてられるセフィロスと、その傍らに蹲って頭を抱えるクラウド。鼻歌交じりに採寸するイリーナと、それを見守るツォン。彼らを交互に見やって、アタシはティファの言ったことが、ようやく理解できた気がした。
そんなに、心配することじゃない。むしろ、喜ぶべきだろう。いつもなにかと戦っていたアタシたちは、ようやく、平和を手に入れた。平和だなんて、ありふれた拙い言葉かもしれないけれど、昔、敵だったセフィロスや、毛がつくほど嫌いだった神羅を許せるように、なってきているのかもしれない。
「恋でも、しよっかなー」
カウンターに肘をついて、騒々しく店内を眺めていたアタシは、小さく呟く。
「それも、いいかもね」
磨き終えた皿を並べながら、ティファが笑った。
店内にはシチューのいい匂いが広がってきている。ナナキの尻尾がぱたぱたと床を叩く音を聞きながら、アタシは、こんな日が、いつまでも続けばいいのにと、思った。