きっと必要で大切な時間

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 セフィロスという人は、よくわからない人だと思う。私は正直、まだこの人を許すことができないでいる。
 だって彼は、かつて私の父を殺した超本人。そして、二年前にエアリスを──。許してやれという方が無理な話じゃないかしら。
 だからクラウドはセフィロスと仲良くしろとは決して言わない。マリンも彼とは話をしないし、デンゼルに至ってはセフィロスを嫌っているみたい。
 そういえば、二人はもう寝んだかしら。グラスを磨きながらぼんやりそう考えていると、カラン、と、ガラスの中の氷が音を立てるのが聞こえてきた。
 セフィロスの前にあるグラスが空になった音だった。職業柄、その音に私は敏感になっている。セフィロスはスマートフォンを持ったまま、右手でグラスを私の方へと軽く押し出してきた。
 私は黙ってそれを受け取り、中の氷を流しへ落とした。
「同じのでいい?」
 私がそう尋ねると、セフィロスは頷きもせず、黙ったまま携帯とにらめっこを続けていた。私は、はぁ、と溜息をついて、新しい氷をグラスに入れた。
 基本的に、セフィロスはあまり喋らない。仕事が終わってお客さんがいなくなっても、セフィロスと雑談をした覚えはあまりない。
 仕事中、お客さんから話しかけられることがあっても、セフィロスは無愛想で決して関わろうとしない。そんな態度でよく仕事が務まるものだ、と、バレットは呆れていた。
 セフィロスがバイトをしてくれるようになってから、セブンスヘブンには女性客が大分増えた。彼女たちはセフィロスを遠巻きに見て、時々ため息をついたりしていた。
 あんな人のどこがいいのかしら。私にはまるでわからない。
 そりゃあ、背は高い方だし、顔も端正だとは思う。だけど愛想は良くないし、なにより自己中心的だ。世界平和と引き換えにクラウドを自分のモノにするくらいだから。
「はい、どうぞ」
 新しいお酒を注いで、私はそれをセフィロスの前に差し出した。彼はそれに口をつけて、そうしてまたスマートフォンに熱中しだした。
「今度はなにをやってるの?」
 日付はとうに変わっているし、店の中には私とセフィロスの二人だけ。黙っているのにも飽きてきて、私はセフィロスに話しかけた。
「気が散る。話しかけるな」
 そう言って、彼は左手を熱心に動かし続けた。人がせっかく話しかけたのに、随分な口の聞き方じゃない。
「教えてくれたっていいじゃない」
「お前には関係ないものだ」
 いつも、こう。私が話しかけたところで、セフィロスはマトモに応えてくれない。
 だけど、ヴィンセントが言っていた。『セフィロスが話すのはクラウドとティファだけだ』──。愛想のないやりとりでも、ないよりはマシなのかもしれない。そう思ったから、私は彼がココで働くのを受け入れたのだ。
 最初は、この沈黙がなんだか気持ち悪かった。セフィロスは、なにを考えているのかよくわからない人だから。
 だけどその内、慣れてきた。彼がそういう人なのだとだんだんわかってきたからだ。
 そして私は、セフィロスを知る必要があると思った。受け入れられなかったとしても、やっぱり好きにはなれなくても、彼がどんな人なのかを知ることは、きっと私にとって、必要なことと思ったから。
「クラウド、遅いわね」
 磨き終えたグラスを置いて、私は小さく呟いた。ひとりごとのつもりだった。壁掛時計を見上げた私は、思いがけない声を聞いた。
「奴が、帰ると言ったんだろう?」
 まさか、セフィロスから返事があるとは思わなかった。相変わらず視線はスマートフォンに釘づけでいたけれど、それは確かにセフィロスの涼しく低い声だった。
「ならば、必ず帰ってくる」
 今度は、セフィロスの口唇が動いたのを確かに見た。私は瞬きをして、セフィロスのことを凝視していた。
「奴は、お前との約束は破らない」
 私が初めてセフィロスに会ったのはもう十年も前になる。あの時私は、彼のことを恐ろしそうな人だと思った。
 二年前、再会したセフィロスはあの頃以上の凶悪さで世界を蹂躙しようとしていた。だけど今、カウンター越しに私が見ているセフィロスは、やっぱり少し恐ろしくて何を考えているのかわからなくはあったけれど、それでも昔よりは少し柔らかくなったような気がする。
 少なくとも、変な『人』だと思っていられるくらいには。
「遅れるのは、いつものことね」
 私は腰に手をあてて、ため息と一緒に苦笑した。前とは違って、クラウドを待つ時間が苦にならなくなっていた。
 少なくとも、セフィロスがココにいる間は、世界の平和は保証されてる。もう、クラウドが急にいなくなる理由はない。セフィロスがそれを保証したから、私は気を取り直して、残りのグラスに指を伸ばそうとした。
 遠くから、聞き覚えのある音が聞こえてき始めた。それはだんだん近づいてくる。私は胸を撫で下ろして、入り口の方へ視線を送った。
「悪い、少し遅くなった」
 木戸を押し開け、クラウドが現れた。少しは急いでくれたのだろうか、彼は息を弾ませていた。
「閉店ですよ、お客さん」
「ごめん、ティファ」
 申し訳無さそうにカウンターへと歩いてくる。セフィロスは相変わらず、スマートフォンに夢中でいた。
「飲んでいく?」
「一杯だけ」
 セフィロスの隣に腰を下ろすと、クラウドは、ふう、と深く息をついた。私はクラウドのために、いつもの酒を作り始めた。
「なにしてるんだ?」
「FFWWW」
 私には教えてくれなかったのに、クラウドには教えるのね。でも、言われてもなんだかよくわからない。私の頭に湧いた疑問をクラウドが聞いてくれた。
「ああ、あれか」
「もう四人揃えたぞ」
 やけに熱心だと思ったら、やっぱりゲームしてたのね。あのセフィロスがゲームなんて幼稚なものをしてるなんて、そう考えたらなんだか少しおかしくて、口許が緩んでしまった。
「四人って、全部俺じゃないか」
「他の連中に用はない」
「はい、どうぞ。召し上がれ」
 私はクラウドの前にグラスをそっと差し出した。セフィロスと同じ色の、セフィロスと同じグラス。
 私の分はショットグラスで十分だった。私達は三人で、静かに乾杯を鳴らした。
「お代は給料から天引きですからね」
 そう言って片目を瞑ると、クラウドは眉を顰めた。グラスに少し口をつけて、クラウドが口唇を濡らした。
「それでクラウド、随分時間かかったみたいだけど、今日は一体なにがあったの?」
 そう私が尋ねると、クラウドはちらりとセフィロスを見て、きまり悪そうに呟いた。
「ルーファウスに呼ばれてたんだ」
「ルーファウス?」
 セフィロスがようやくスマートフォンから顔を上げた。クラウドは肩を狭めながら、グラスを持ち上げ続けて言った。
「新しいゲームの開発に力を貸して欲しいって言われて」
 神羅は最近、娯楽商品の開発に勤しんでいる。神羅を再建するためにはまずはお金が必要と言って。
 ゲーム好きのクラウドは、なんだかんだでルーファウスに力を貸しているみたい。セフィロスが今やってるアプリも、きっとクラウドが協力しているものなのだろう。
「人気者。今度は一体なにに出るの?」
 カウンターに腕を乗せて、私は身を乗り出した。クラウドは眉を寄せながら、ばつが悪そうにしていた。
 深夜のセブンスヘブンで、私はクラウドとセフィロスと、新しいゲームの話をしている。こんな未来がやってくるなんて、考えてもいなかった。
 だけどきっとこの時間も、大事なものなんだと思う。そうやって少しずつ、なにかを育んでいくのだと思う。
 願わくばこの平穏が、ずっと続きますように。セフィロスとクラウドが並んでいるカウンターを眺めながら、私はそう願いながら、クラウドの話に耳を傾けていた。

【 END 】