本物のサンタクロース

AC後セフィロス生存設定。

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 『知らない』は罪だ。自分はこれまで、一体どれだけの罪を犯してきたのだろう。
 十二月に入って、クラウド少年が考えていたのは、そんなことばかりだった。
 クラウドに真実を告げたのは、つい先週村を訪れた、まだ若い旅人だった。彼は、故郷で待つ子供のために、珍しいアイテムを探していた。
 それは、クリスマスの贈り物に利用するためらしかった。残念ながら、ニブルヘイムに気の利いた民芸品など存在しない。それを知った彼は、次の街へ向かおうとそそくさと村を後にした。
 クリスマスには、親が子供のためにプレゼントを用意する。子供が寝静まった頃、それを枕元に置いておく。
それが、サンタクロースの正体だ。と、クラウドは聞かされた。知っているふりをして、彼から聞き出したのだ。
 知ったと同時、クラウドが味わったのは、騙されたという絶望でも、苛立ちでも怒りでもない。クラウドは、とてつもない罪悪感に襲われた。
 自分はこれまで、母にどれだけの負担をかけてきたのか、と。
 贈り物に裂く金や、準備に必要な時間──。さして裕福でもない家で、その負担は、決して小さなものではない。これ以上、母に迷惑はかけられない。そう思ったクラウドは、その後しばらくして、ある種の優越感を自覚した。
 この村に住む子供の中で、自分だけが、真実を知っている。サンタを信じる皆よりも、少し成長できたような、偉くなったような気がした。
 クラウドは、自分が『知っている』ということを、皆に知られないように努めた。一足先に大人になったという特別を、噛み締めていたかったから。
 だからクラウドは、たとえプレゼントを貰えなかったとしても、構わないと思っていた。
「みんな、手紙書いてきたか?」
 ニブルヘイムの屋根には、うっすらと雪が積もっていた。昨日の雪は止んだけれど、空はまだ灰色で、太陽は分厚い雲に隠されてしまっている。
「サンタさん、お願い聞いてくれるかな」
 クリスマスの前日に、村の子供たちは皆、給水塔に集まった。各々、それぞれが用意した便箋と封筒を握りしめて。
「大丈夫だよ、僕たちちゃんと、いい子にしてたんだから」
 クラウドは、母の言いつけを守ろうと、玄関先の雪を片付けていた。作業に勤しんでいるフリをして、クラウドは、他の子どもたちの会話を聞きこぼさないよう、しっかり耳をそばだてていた。
「どんなこと書いたんだ? 見せてみろよ」
「引っ張るなよ、破れちゃうだろ」
 子どもたちは、皆赤い顔をしていた。その中に、クラウドの隣に住む少女、ティファの姿もあった。
「手紙は書いたけど、サンタさんって一体どこに住んでるの?」
 ティファの頬も、真っ赤に染まってしまっていた。仕方がない、ニブルヘイムの冬は、吐く息が白くなるほど寒いのだ。
「うーん」
「それなんだよな、問題は」
 子どもたちは頭を悩ませ、困ったように唸っていた。クラウドだけが、『サンタがどこにもいない』ということを知っていた。だからクラウドはくすりと笑い、村が静かだったから、その声は周りの子どもたちに届いてしまった。
「なんだよ、お前」
 苛立ったように、一人の男の子がクラウドへ声をかけてきた。クラウドが顔を上げると、他の子たちも不愉快そうにクラウドを睨みつけていた。
「クラウド、サンタがどこに住んでるのか知ってるのか?」
 給水塔の脇に腰掛けていた少年が、勢いをつけて飛び降りた。どうせお前も知らないだろう、と、言いたげな口ぶりだった。
「そうなの、クラウド?」
 ティファが目を輝かせて、クラウドへと声をかけた。それを見たクラウドの、胸がどきりと高鳴った。
 クラウドが笑った理由を、説明するのは困難だった。それを言うと、ティファを傷つけることになってしまう。
 しかし、周りの少年たちに、一泡吹かせてやりたかった。なにも知らない、子供っぽい連中を、見返してやりたかった。
「……そんな手紙、意味ないよ」
 だからクラウドは作業の手を止め、そうポソリと呟いた。その言葉が、皆の楽しみに水を差し、怒らせるだけなのだとはわかってはいたけれど。
「なんだと!?」
「ケッ。お前も知らないんだろ」
「そうじゃない」
 雪かきをしたせいで、クラウドの指も真っ赤だった。シャベルを持つ手は震えていたし、皆の痛い視線を浴びて、頬が熱くなっていく。
「手紙を書けば読んでくれるって、母ちゃんが言ってたぞ」
「俺の父ちゃんも」
 少年たちが、不審げな目でクラウドを睨んでいた。その一番後ろで、ティファが困ったようにクラウドを見つめていた。
「嘘つきクラウド。嘘つきの家にはサンタさん来てくれないんだぞ」
「やめなよ、皆」
 白い息を吐きながら、ティファが言った。クラウドはたまらなくなって、ギュ、とシャベルを握りしめた。
「来なくたって、構うもんか」
 吐き捨てるようにそう言うと、クラウドはシャベルを持って、家のドアをバタンと開けた。後ろから少年たちが矢次を飛ばしていたけれど、聞こえないふりをした。
 それ以上、ティファの前で無様な姿は見せたくなかった。ティファを悲しませるようなことも、できれば言いたくはなかった。
「クラウド? どうしたんだい?」
 慌ただしく家に戻り、雪で濡れた靴で玄関に立つクラウドに、母が声をかけてきた。クラウドの母親は、ちょうどボイラーに燃料を足し終えたところだった。
「なんでもない」
 口唇をへの字に曲げて、クラウドは呟いた。シャベルから雪を落として、クラウドはそれを近くの壁に立てかけた。
「ありがとうね。助かったよ」
 息子の強がりに気づきながら、彼女は気づかないフリをしていた。その優しさが余計に惨めにさせるからクラウドは眉を寄せて、きゅ、と口唇を噛み締めた。
「寒かっただろう。お茶にしようか」
「母さん」
 話も聞かずに、クラウドはズンズンと母に近づいていった。オーバーのボタンを外し、脱いだそれを掴んだまま、母をきりりと見上げて言った。
「今夜俺、プレゼントいらないからね」
 先週から、もう何度も伝えてあったことだった。けれどまた、きっちりキッパリ伝えておきたいと思った。クラウドの母親は、クラウドと同じ海色の目を瞬かせて、口をぽかんと開いた後、クスクスと笑い始めた。クラウドの手からオーバーを受け取って、彼女はにこりと微笑んだ。
「わかってるよ、クラウドはもう、大人だからね」
 クラウドの頬に触れた、彼女の手は暖かかった。その温もりはしんみりとクラウドに染みこんで、クラウドを胸の中から朗らかにする。
「さあ、手を洗っておいで。お茶にしよう」
 クラウドの頬についた水滴を拭い、母はオーバーをかけるハンガーを探しにいった。クラウドは、先刻と別の理由で顔が火照るのを感じていた。言いつけ通りにクラウドが手を荒い、食卓に着く頃には、部屋の中には甘くて優しいココアの香りが広がっていた。


   ■   ■   ■


 夜になって、ニブルヘイムにはまた雪が降り始めた。クラウドは毛布に包まって、目をしっかり開いたまま、窓の向こうでチラチラ舞う雪の数を数えていた。
 今日はできれば、眠らないつもりだった。もう大人なのだから、一晩くらい平気なはずだ。
 しっかり起きていないと、優しい母はクラウドが寝静まったのを見計らって、クラウドの枕元にプレゼントを忍ばせてしまうかもしれない。母の寝息をBGMに、クラウドは重たい瞼を必死に動かしていた。
 今夜を乗り切りさえすれば、クラウドは自分の正しさを証明できる。サンタなどいないとわかれば、子どもたちにバカにされても誇らしい自分でいられる。
「はぁ……」
 ずり上げた布団に顎を埋めて、クラウドは息をついた。布団から出た鼻が寒くて、ぬくぬくした布団に顔を埋めたかった。
 それではダメだ。きっとそのまま眠くなって、夢に吸いこまれてしまう。段々と瞼が重くなってくるのを感じながら、クラウドは睫毛を動かし、必死に瞳を動かしていた。
 雪は静かに、ニブルヘイムの村を包みこんでいる。せっかく玄関を綺麗にしたのに、明日にはまた、ふっくらと積もった雪が軒先に広がっているのだろう。
 それを掃除するのは、俺の仕事だ。母さんに負担はかけさせない。
 けれど、今窓の外に見えるのは、とても綺麗な景色だとクラウドは思った。
 雪の結晶は、ひとつひとつ違う形をしているらしい。しかし、肉眼でそれを見分けることは難しい。
 目には見えない氷の粒が、ちらちら舞って、窓枠にぶつかって──、やがて溶けて水滴に変わっていく。
 そうして静かにガラスを撫でて、新しい雪がゆっくりそれに参加する。
 雪を数えていたことを忘れて、クラウドは、滴り落ちる水滴の速度をじっと追いかけていた。それが見えなくなった頃、クラウドはいつの間にか瞼を下ろしてしまっていた。
 枕にうずめたクラウドの耳に、雪の積もる音が聞こえるようだ。しんしんと、ふわふわと、村をしっとり包みこむ。
 眠ってはならないことも、サンタの正体も、なにもかも、クラウドから思考を吸い上げて、じっくりと溶かしていく。やがてクラウドは、雪の音に導かれ、夢現の狭間へと誘われてしまっていた。
 遠くの方から、なにかの響く音がした。それは段々近づいてきて、優しかった微睡みを揺らし、揺さぶり、揺るがした。
「…なんだ……?」
 クラウドは、ゆっくりと目を開いた。母の寝息が聞こえないことに、クラウドは気づかなかった。
 窓の外で、なにかの唸る音がした。モンスターが来たのだろうか、そう思ったクラウドは慌ててベッドから起き上がった。
 窓の外は、夜だというのに眩くて、クラウドは目を細め、額の上に腕を持ち上げ、明るさに目慣れようとした。
「誰だ……?」
 窓の向こうに、人影が見えた。こんな夜中に、一体誰だ。
 しかもその人影に、誰も気づいていないらしい。当然だ。村のみんな、母も、ティファも寝静まって、こんな時間に起きているのはクラウドだけなのだろうから。
 クラウドは、そっとベッドから起き上がった。脱いでいた靴を履いて、母がかけてくれていたオーバーを手にとった。
 クラウドは、外へ行こうと思っていた。もしかしたら、外にいる人影がサンタクロースかもしれない、と、子供のような発想が脳裏を過ったからだった。
 パジャマの上にオーバーだけを羽織り、クラウドは音を立てないように、そっと家の扉を押した。そうすると、先刻窓から見えた光が、クラウドの目に直接染みこんできた。
「う……!?」
 クラウドは眉を寄せ、
「おい、早くしろ」
 一人の男が、給水塔のすぐ脇に立っていた。その傍らには、黒い化け物のような機械がうずくまっていた。
「偉そうに、命令するな」
 もう一人の男が、ティファの家の扉を開けて広場へと脚を踏み出してきた。彼はその背に、真っ白で大きな袋を担いでいた。
「ま、待て…!!」
 クラウドは思わず声を上げて、広場へと飛び出していた。その胸はバクバク高鳴り、一気に寒い場所に出て、息は白く弾んでいた。
 不思議と、周りはまったく静かだった。騒ぎに気づいて起きだしてくる人もなく、雪だけが降り続け、不審な二人の来訪者も、驚いたようにクラウドを凝視していた。
 はぁ、と、一人の男がため息をつくのが聞こえた。腰まではある長い銀髪──。一瞬、女なのではないかと勘違いを起こしそうになる。
 もう一人は、慌ただしくゴーグルをつけていた。眩しくてよく見えないが、彼もまた薄い色の髪をしているらしい。
「どうするんだ?」
 クラウドの目も慣れてきて、今喋った男の傍で唸っていたのがバイクなのだとようやく気づく。もう一人も同じようにため息をつき、ゆっくりと、クラウドの方へと近づいてきた。クラウドは思わず息を詰まらせ、ぎゅ、と拳を握ったまま、その場に立ち尽くしてしまった。
「泥棒。人を呼ぶぞ」
 裸の指に、手の甲に、突き刺すような寒さを感じながら、クラウドは呟いた。鼻の上にゴーグルを乗せ、バイクの光を背負った男が、クラウドの前に立ちはだかった。
「……どうして、そう思う?」
 低い声で、彼は尋ねた。クラウドは、心臓が飛び出そうなほど緊張していた。
 二人はどちらも、カラスのように真っ黒な服を着ていた。それに、目の前にいる青年は、肩に金属でできているモンスターのようなものを乗せていた。
「こんな夜中に、そんな袋持ってるし…。それに今、ティファの家から出てきただろ」
 早く、大人を呼びに行かないと──。そうは思っていたけれど、自分も大人でいたいという願望と、相手に背中を見せたくないプライドが、クラウドの脚を固くしていた。
「あれは、プレゼントを渡してたんだ」
「嘘だね」
 唾を散らして、クラウドは断言した。
 相手が口にしたのは、まるで、サンタクロースのような言い訳だ。けれど、そんな子供騙しに誤魔化されるほど、クラウドはバカではない。
「だって、あんたの服…赤くない」
 目の前の青年の向こう側で、銀髪の男が、ふ、と吹き出し笑うのが聞こえた。なぜかクラウドの顔は熱くなって、雪が溶けて濡れた手の内側で、掌が汗ばむのを感じた。
「やはり、衣装を変えてくるべきだったんじゃないか」
 給水塔の近くから、揶揄う男の声が聞こえる。どういう意味かわからなくて、クラウドは動揺した。
 まさか自分が話しているのは、本当にサンタクロースなのだろうか。いや、そんなはずがない。クラウドの頭の中で、思考がぐるぐると変化していく。
「お前は、『サンタ』を信じてないのか?」
 びくり、と、クラウドの肩が跳ね上がった。黒い服を着た青年は、雪のように静かな視線をクラウドに注いでいた。
 クラウドは、なんだか気恥ずかしいような気持ちになった。そのまま相手を睨み上げていられずに、クラウドは、す、と視線を移ろわせた。
「サンタクロースなんて、お伽話だ。大人の嘘なんだろ、知ってるんだぞ」
 『知らない』は罪だ。けれど、『教えない』が優しさだと、クラウドは知っていた。
 だからクラウドは、決して母を責めなかった。母に嘘をつかせるほど、自分が幼く、無知であっただけなのだから。
「俺のところに、サンタはこない。来なくていいって、母さんに言ったんだ」
 自分はこれまで、たっぷり守られてきた。鬱陶しいと感じさせない柔らかさで、母の愛に守られてきた。
 だからこれ以上、母に負担はかけたくない。それなのに、不安と不審で見上げる視線に、少しだけの期待と希望が混じってしまう。
「お前の知っているサンタは、確かにお伽話だ」
 ちくん、と、クラウドの胸に痛みが走った。知っていたとはいっても、やはり現実を突きつけられると、受けるショックは否定できない。
 握りしめた指が僅かに震え、あ、と、小さい声が出そうになる。そんなクラウドの動揺を察知したのか、青年は、続けて言った。
「だが、本当のサンタは…きっと、誰も知らないような方法で、みんなのところへやってくる」
 バイクのライトに照らされて、雪がちらちら輝いている。動けずにいるクラウドの方へ、青年は腕を伸ばした。
 クラウドは何故か、相手への不信感や敵意を失っていた。きっとそれは、いかに怪しげな格好をしていても、相手の声が終始穏やかだったからなのだろう。
「きっと、お前のところにも」
 そう言うと、青年はクラウドの頭の上に手を乗せた。いつの間にか髪に積もった薄い雪を払うように、彼はクラウドの頭を撫ぜて、ふ、と、優しい息をした。
「だから、早く家に戻れ。それから、あまり…」
 ゴーグルに隠れてしまって、相手の顔はよく見えない。その上何故か、クラウドの視界はゆっくり暗くなっていった。
 きっと、相手の手が目の上に被さったせいだ。けれど、その手を払おうとする力が腕に伝わらない。
「母さんを、困らせないでやってくれ」
 相手の声が、クラウドの耳に優しく溶ける。瞼の上に乗る温もりも、決して恐ろしくはなかった。
 もっと触っていて欲しい、教えて欲しいことがあった。けれどそれを言おうとする口唇が動きを止める。
 だんだん身体が重くなって、意識を保っていられなくなる。まるで最初からそうであったかのように、クラウドの身体は自然と、静かな眠りに包まれた。


   ■   ■   ■


 次の朝、クラウドの目を覚ましたのは、窓から注ぐ真っ白な光だった。向かい側の家に積もった屋根の雪が、爽やかな刺激となってクラウドの瞼をノックした。
「おはよう、クラウド」
 クラウドが目を開いた時、ちょうど美味しそうなスープの香りが漂ってきた。クラウドは瞬きをして、急いでベッドから飛び起きた。その瞬間、クラウドの指が枕元にあるなにかの包みにカサリと触れた。
「母さん…?」
 ベージュ色の包装紙に、様々な柄が散らされていた。クラウドはぱちぱちと目を瞬かせ、それを手にとり、パジャマのまま食卓へと歩み寄った。
「母さん、これ……」
 テーブルには、スープとパン、クラウドの好きな味のココアが湯気を立てていた。向かいの席に腰掛けて、母はにっこりと温かい笑みを浮かべていた。
「私じゃないよ。『サンタさんなんていらない』なんていうくらい、クラウドが優しい子だったから、本物のサンタさんが届けてくれたんじゃないのかい」
 クラウドは、複雑な心境で眉を結んだ。いらないと言った手前、素直に受け取ることができない。
 嘘なんてつかないでくれ、と、クラウドは言おうとした。しかしその時、クラウドは、『あまり母さんを困らせるな』、という、誰かの言葉を思い出した。
「…うん……。ありがとう」
 クラウドはそう言うと、椅子を引き、席についた。開けてご覧、と言われるままに、クラウドは包み紙を破いた。
 中には、毛糸で編まれた手袋が包まれていた。クラウドの目と同じ青色の。そして、しっとりとしたルビー色のマフラーも。
 それを見た母は目を瞬かせて、驚いた顔をしていた。それを見つけたクラウドは、大切なことに気づいた気がした。
 本当のサンタクロースがいたとして、それは決して、欲しい物を寝ている内に置いていく人のことではない。自分が贈りたいものを、自分の代わりに用意しておいてくれる人だ。
「母さん、これ」
 クラウドは、赤いマフラーを母親へと差し出した。彼女は未だ驚いている様子で、クラウドの方を向いてぱちぱちと目を瞬かせた。
「クラウド?」
 手袋を手元に引き寄せ、クラウドは笑おうとした。自分と母の二人だけなら、苦手なそれは、自然とクラウドの頬に浮かんだ。
「俺には、こっちがあるから」
 暖かそうな手袋だ。これをしていれば、今朝の雪かきも決して苦ではないだろう。
 それに、クラウドの持つマフラーは、きっと買い物に出かける母の手助けになるはずだ。母は首を傾げた後、はにかむような笑顔を見せて、マフラーを受け取った。
「ありがとう、クラウド」
「俺じゃないよ」
 少年は、ごくごく自然にその言葉を口にした。そうしてクラウドは、思いがけずにクリスマスを楽しんでいることに気がついた。
 自分は自分の、できることをすればいい。背伸びではなく、無理にではなく、今、自分にできることを。
 それがきっと、母の力になるのだろうし、母を守ることにもなるのだろう。そう知っていることが、クラウドの誇りだった。
 クリスマスは、誰しもに平等に訪れる。信じている人のもとにも、信じることをやめた人にも。
 それはまるで、夢から覚める朝のように、自然に、素直に、滞りなく。今日そうであったように、これからも、きっと、必ず。

【 END 】