セフィロス先生の教育方針

学パロ注意!

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 桜が散って、青々とした緑がカーテンの向こう側を彩っている。淹れたばかりの珈琲の香りが広がっていく室内で、セフィロスはカップを手に持ち、自席へゆっくり歩き出した。
 授業と授業の合間は、それでもなかなか忙しい。小テストの採点、次の授業の準備に、上司から押しつけられた委員会の仕事もある。次の会議の資料も用意しなくてはならないし、悠長にコーヒーブレイクを楽しんでなんていられない。
 しかし、それはアンジールのように真面目な教師であればの話だ。セフィロスは彼の持つ真面目さの半分も持ちあわせてはおらず、しかし生まれつきの要領の良さで仕事のミスや不手際を指摘されたことは皆無だった。
 教師という仕事は、真面目さ、正当さ、潔癖さを強要される。つくづく、似合わない職だとセフィロスは思った。
 それでもこの学園に勤め続けてるのには、目的はなくとも理由はあった。その理由をセフィロスが好ましく思っているかは別にして。
「……………」
 セフィロスは無言で、自分の淹れた珈琲を口に運んだ。インスタントの苦味を喉で味わいながら、自席に積まれた書類の山を見下ろした。
 これまで、部活の顧問を押し付けられても主体的には動かなかった。幸い、セフィロスに割り当てられた囲碁将棋部は弱小で、三年前に最後の部員が卒業してからずっと欠員が続いている。
 だからセフィロスは、演劇部顧問の古典教師、ジェネシスと、バスケ部顧問である社会科教師のアンジールを待つ間、様々なボードゲームに興じることができていた。
 囲碁、将棋、リバーシ、チェス。中でもチェスはジェネシスのお気に入りで、最近ではもっぱらチェスの相手ばかりをさせられている。
 窓に映る自分の姿が目に入り、セフィロスは、昨日クイーンを持ったジェネシスに言われた言葉を思い出した。
「不毛な話だと思わないか?」
 足を組んだジェネシスに、白のクイーンはよく似合う。その先端を口元に寄せながら、ジェネシスはセフィロスの手番が終わるのを待っていた。
「奴らは三年でいなくなるのに、俺たちはずっとここにいる」
 生徒が帰った後の数学準備室は、同期の教師三人の隠れ処だ。週に一度、多くて二度、アンジールを待つ間、二人は時間を共に過ごす。
「奴らはどうせ、俺たちの名前も、教えた授業の内容さえもろくに覚えちゃいないんだ」
 ジェネシスの言う『奴ら』とは、特定の誰かではないのだろう。普段からジェネシスは生徒の存在を軽視していて、自分の好きな内容しか教えないと保護者に指摘されたこともある。
 正直なところ、セフィロスも、ジェネシスは学者肌の人間だからそのまま院に上がるだろうと考えていた。彼が就職、しかもセフィロスやアンジールと同じ教師になると知って、驚いたほどだった。
「だとしたら、一人の生徒に肩入れするのは阿呆のすることだ」
 セフィロスには、ジェネシスが誰のことを言っているのかわかっていた。今頃、赤点を取って落第スレスレのいち生徒の為に時間を割いて、補習をしてやり二人を待たせる社会科担当教諭のことだ。
「はたして、そう言い切れるのかな」
 セフィロスはほくそ笑むと、ビショップでルークを取った。ジェネシスは盤面ではなく、セフィロスの態度に驚きを示していた。
「どうした、セフィロス。お前も、こっち側の人間だろう?」
 親友の意外な言葉に、ジェネシスは怪訝そうな表情をしていた。自分の手番になったというのに、なかなかゲームに集中できないでいる。
「数字ばかり見ている内に、頭がおかしくなったのかもな」
 普段のジェネシスの言葉を借りて、セフィロスは答えた。そうして椅子に深く凭れて、セフィロスは珈琲を啜った。
 その時と同じ味が、今またセフィロスの舌の上を広がっていく。ふ、と小さく笑みを洩らすと、セフィロスは窓の向こうでトラックを駆ける生徒の中からたった一人を見つけ出した。
「たとえ答えがわかっていても、確かめたくなったのさ」
 その少年は、複数の生徒に紛れて晴れの日の下校庭を走っていた。ずれてしまうなら外せばいいのに、汗で滑った眼鏡の位置を幾度も直しながら。
「確かめて、結果がわかったら教えてくれ」
 セフィロスの記憶の中で、ジェネシスが不敵な笑みを浮かべながら白の駒を盤に置く。その声を思い出しながら、セフィロスは口唇を緩ませた。
「わかれば、な」
 今また、声に出したセフィロスは窓の向こうを横切っていく少年を見送った。
 彼は今日、きっとこの部屋を訪れる。セフィロスの手元にある書類を受け取るために。
 机上にある書類の束は、セフィロスには不要なものでも、あの少年にとっては大事なものらしい。だとしたら、それがセフィロスの机にある意味はあるように思う。
 さあ、今日はどんな手で彼を揶揄って遊ぼうか。それを考えるセフィロスは、くつくつと喉を鳴らして残りの珈琲を飲み干した。

【 END 】