あるソルジャーの記録<07>

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 足の上に乗っていた男の体は、いつの間にかこぼれ落ちていた。だけど、俺が足を動かすとそいつを蹴りつけてしまう。
 ゆっくり、じっくり、セフィロスは指をくねらせた。太い根本から、首の張った先端まで扱くように、撫でながら触りながら、俺の欲を煽っていく。
 何故だか、とても気持ちがいい。誰かに触られることなんて、これまであまりなかったからだ。
 さっきまであった悔しい気持ちも、薬にかき消されていた不快感もなくなって、くすぐったくて、気持ちが良くて、このままだと、すぐに出してしまいそうだ。
「う…、ふ…ッ、ク……」
「我慢するな。出せばいいだろう」
 震えと奮えを噛み締めている俺の真上で、セフィロスが呟いた。バカいうな、そんな無様なことが、俺にできるはずがない。
「そんなの…ッ、できる、わけ…っふ…!」
 セフィロスの指先が、くに、と、先端に食いこんできた。俺は思わず、顎を浮かせた。セフィロスの腕を掴む指に、反射的に力が入ってしまう。
「往生際が悪いぞ」
 俺の膝を押し広げたセフィロスの指が、ぐ、と、俺の顎を掴んだ。上向かされた俺の顔は、セフィロスの影に包まれた。
 セフィロスの長い前髪が、俺の頬をするりと撫でる。口唇に柔らかいものが触れて、俺は目を瞠いた。
「な…ッ、ふ……!?」
 驚いた俺の口唇に、薄いものが触れてくる。縁を舐め、歯を押して、侵入してきたセフィロスの舌が、強張った俺の舌を捉える。なぜ、どうして、こんなこと―。だけど、俺には抵抗できない。
 相手がセフィロスだったから、噛んでやることもできないし、無理やり顔を背けようとして、相手を傷つけたくはない。だから俺は硬直したまま、顎を掴んだセフィロスの腕に手を伸ばす。キスと手淫と、どちらも止めるわけにはいかず、手錠がガチャンと音を奏でた。
「ん…、ンン……ッ」
 俺の口唇を塞いだまま、セフィロスは横暴に振る舞った。舌先で舌の裏をくすぐって、ちゅ、と吸い上げたかと思うと、ぬるりと唾液を送りこんでくる。
 たっぷり濡らした口唇をやわやわと揉んできて―、初めての接吻けに、俺に為す術なんてない。
「ふ……は……!」
 そうしている間も、セフィロスは反り返った俺のペニスにゴシゴシと刺激を刻んできた。扱く指先で裏筋を辿り、滑らかな先端をぐにぐにと甚振って。
「はぁ、は……んん……っ」
 びくびくと、俺の内側を欲望が駆け巡る。穿られる先端から、猛った疼きを吐き出したくて仕方がない。
 また、俺の内側で快感がせり上がってきていた。ふつふつと細胞が沸き立って、指先、爪先、舌先まで、気持ちいいに蹂躙される。
「ッく…、も……でる……ッ」
 もう、堪えていられない。我慢なんて出来そうにない。セフィロスに舌を吸い上げられて、開いた口唇から息を散らして、指先をセフィロスに食いこませたまま、膝をがくがく揺らしてしまう。
 どきどくと湧きあがる絶頂が、足の付け根から頭の芯まで突き上げて、どろ、と一度溢れてしまえば、もう歯止めは聞かなかった。
 そのままびゅくびゅくと吐き出して、断続的な快感が突き抜けていくのを感じていた。体に力が入らなくなって、俺は、セフィロスの胸にふらりと凭れかかってしまった。
「はぁ…ン……はぁ……」
 口を閉じようとしても、荒れた呼吸がすぐに口唇から溢れてしまう。最後に、ぞく、と背中が震えて、射精を終えた俺のペニスがようやく大人しくなった。
「…落ち着いたか?」
 セフィロスは、俺を跳ね除けなかった。ゆったりと俺のことを受け止めながら、熱くなった俺の耳に、涼しい声でそっと尋ねた。
 あんなに嫌だったのに、相手がセフィロスでよかった、と、俺は思った。嫌だったというより、バツが悪いと言った方が正しいのだけれど。
「ふ……、だいじょうぶ……」
 その時急に、違和感が俺の頭を突き刺した。前にも、こんなことがあったような気がする。同じセリフ、同じ言葉を、誰かに向けて言った気がする。
 いつのことだったろうか、いや、こんな陳腐な言葉、言ったことがないわけがない。
 だけどなんだか、不思議だった。相手がセフィロスだったことが、きっと違和感の正体だ。
 俺は、丸い目でセフィロスを見上げていた。セフィロスの薄い色の瞳が、俺のことを見下ろしていた。
「どうした?」
 薄い笑みを湛えながら、セフィロスが言う。なんだか懐かしくて、切なくて、俺の胸が痛くなった。
 懐かしい? なにかの間違いだ。こんな近くにセフィロスを感じたことなど、これまでなかったはずなのに。きっと初めてだから、だから気が昂っているだけだ。
 口唇を、きゅ、と結んで、セフィロスを押すように身を起こすと、セフィロスは抵抗なく俺の傍から離れていった。頭が重い、体が怠い。額を押さえて首を振る俺のことを見守りながら、セフィロスはゆっくりと立ち上がり、す、と、部屋の中を歩き始めた。
「…感謝なんてしないからな」
「構わん」
 ぼそりと呟いたのに、セフィロスはすぐさま俺に応えてきた。なにかを探して部屋の中をうろついて、椅子の背中に掛けられていたタオルを見つけて、それを手に取る。
「お前のそんな顔が見られただけ、良しとしよう」
 清潔なものかどうかを確かめて、セフィロスはそれで手を拭った。口許には、美しく不敵な微笑を浮かべながら。
「―くそッ」
 猛烈な恥ずかしさに襲われて、俺は無理やり立ち上がった。セフィロスに背中を向けて、服を乱暴に着つけていく。
 なにもかも、全部ダメだ。レジスタンスに掘られかけたことも、セフィロスに助けられたことも、そのセフィロスに触られたことも、出させられてしまったことも。
 嵌めたままの手錠が鬱陶しい。苛立ちを抱えた俺に、セフィロスが鍵を差し出してきた。
 俺が服を整えている間に、死体の中から探しておいてくれたようだ。親切に礼も言わずに、俺はセフィロスの手から小さな鍵をひったくった。
 くすくすと、セフィロスが笑うのを背中で聞いた。居た堪れずに歯軋りしていた俺の目に、壁にかけられたバスターソードが飛びこんできた。
「行くぞ、クラウド」
「待ってくれ、爆弾があるはずだ」
 剣を担ぐと、俺は慌てて振り返った。セフィロスは一足早く扉に手をかけている。俺があたりを見回すと、まっぷたつに割れた鉄の塊がごろりと床に転がっていた。
 導火線がスッパリと切り落とされていて、時限装置の残骸らしい目覚まし時計も割れてしまっていた。ああ、と、ため息が口から洩れる。わざとなのかそうでないのか、セフィロスの仕業だということは明白だった。
「大惨事になるとこだぞ」
「ならなくて良かったな」
 他人事のように、セフィロスは言った。俺は、唖然としてしまった。まったくこいつは、本当に―。
 『英雄』だからって、なにをしても許されると思うなよ。不遜で、高慢で、横暴で…。だけどでも、そこが恰好良いのだけれど。
「な―!?」
 自分の発想に驚いて、思わず声をだしてしまった。こちらを見ているセフィロスが、どうした、と問いたげだった。
 俺は剣を背負ったまま、前傾姿勢でガツガツと歩いて行った。セフィロスの顔を見られない。進んでいく俺の後ろで、セフィロスが笑ったのがわかった。
 かくして、ミッション・コンプリート。俺の無様な失敗は、取り上げられることはなかった。
 報告書なんて書きたくなかったし、報告する前にセフィロスに握りつぶされた。俺の弱みを握ったセフィロスは、なんだかとても楽しげだった。
 それがまた、気に入らない。だけど文句も言ってられない。確かに弱みは握られたけれど、セフィロスがそれをネタに俺をどうこうすることもなかったから。
 だから尚更惨めになって、だから余計にがむしゃらになった。セフィロスはそれを見て、やはりなんだか楽しげだった。
 しばらくして、俺の昇格を前に戦争が集結した。俺は落胆したけれど、ショックはさほど大きくなかった。
 それ以降、俺とセフィロスは同じミッションに配置されることが多くなった。その理由がなんなのか、セフィロスにわざわざ聞くつもりはなかったけれど。
 憧れだったセフィロスと、肩を並べてミッションに参加する―。軽口を交わせることも、親しくなった証のように感じた。
 だから俺は、幸せだった。幸せで、誇らしくて、愉しくて―。矛盾のない、完璧な、俺の毎日。なにかがおかしいことになど、俺が気付けるわけもなかった。


   ■   ■   ■


 その日の神羅屋敷には、独特の緊張感が漂っていた。実験が始まって何ヶ月かは地下室に缶詰でいた宝条が、この日、久し振りに本社から帰ってきたからだ。
 焼かれた村の再現工事も佳境を迎えていたが、宝条の興味を引いたのは、建設作業などではなかった。彼は、自分の発案でジェノバ細胞を埋めこんだ村人たちの経過を、確認しにやってきたのだ。
「以上、報告通りです。現在は村での作業に支障をきたすため、全員、地下室に幽閉しています」
「ふうむ」
 神羅屋敷の地下洞窟には、ニブル魔晄炉での事件以降新たな部屋が増築された。そこには、実験に利用された村人たちが生活している。
 生活している、とは言っても、彼らはぼうっと部屋の中に佇んで、時折周りを徘徊するだけで、移動したがる様子は見受けられない。『リユニオン』が始まっていないことを確かめて、宝条は嘆息した。
 扉に嵌めこまれた覗き窓から顔を上げて、研究員に宝条は尋ねた。
「例のサンプルはどうなっている?」
「こちらです」
 一人の研究員が先行し、それに宝条が続いて歩く。周りにいた連中もぞろぞろと歩き始めて、彼らは、奥のラボへと足を踏み入れた。
 その部屋は、ジェノバ・プロジェクトの中枢だった。プロジェクトリーダーがガスト博士から宝条に変更されて以降、プロジェクトに関するありとあらゆる資料がそこに移送された。
 実験のための施術台、実験の一環である魔晄照射のためのポッドも設置されている。ポッドの中では、二人の人間が魔晄の照射を受けていた。
 この二人を担当しているのは、プロジェクトの中でも一番年若の二人組だった。部門統括である宝条と直接会話するのは稀で、彼らは若干緊張しながら、宝条に報告した。
「S細胞を注入後経過を観察しておりましたが、ソルジャー試験の際に与えたジェノバ細胞と、思うように融合できていません」
「抵抗が強いため、現在は魔晄を照射して反応を鈍らせています」
 ノートボードを抱える研究員の報告を、傍にいた同僚が補足した。宝条は、ポッドの中で目を閉じるソルジャー姿のサンプルを見上げ、くつくつと笑い肩を揺らした。
「さすがはソルジャー、というわけか…。意識回復の頻度は?」
 周りの研究員たちは、緊張して宝条の様子を見守っていた。今回の実験において特殊な結果を示しているのは、この二体だけだったからだ。
「約五分間、四十八時間に一度の周期です」
 宝条は分厚いメガネの位置を直して、もう一度ポッドを見上げた。サンプルはポッドの中で、時折コポリと小さな泡を吐き出していた。
「君のお陰で得られたデータは、大したものだったが…」
 宝条にとって、この二体に対する期待は大きかった。どちらも、セフィロスの最期に立ち会った存在だからだ。
「しかしこれでは、サンプルとしては役立たずだ」
 セフィロスへの執着の強さは、『リユニオン』の糸口になると考えていた。他のサンプルとは違い、強い『意思』と『自覚』を持ってジェノバを求めるようになるだろう、と。
「失敗作め」
 宝条は、強い侮蔑の意味をこめて呟いた。その声は、周辺に佇んでいた研究員が、思わず体をビクつかせるほど神経質なものだった。
「さて、次が―」
 ソルジャーだったコード・Zへの興味をもはや失くしてしまい、宝条は後ろ手を組みながら、隣のポッドへと目を向けた。
「こいつか」
 顎に手を添えながら、宝条はポッドの中を覗きこんだ。中にいた少年は、自分が見られているとも知らずに魔晄の中を漂っていた。
「ジェノバ細胞は無事に定着しましたが、魔晄への反応過多が見受けられます」
「規定時間になっても意識レベルが回復しなかったため、魔晄の照射時間を延長して対応しておりましたが」
「……………」
 宝条は、続く報告を待っていた。待つ、といっても宝条の忍耐力は長くは続かない。
「それで、どのくらいになる?」
 宝条に睨まれて、研究員は竦み上がった。ノートボードを見下ろしながら、彼は慌ただしく報告した。
「最初は、通常の睡眠と同程度に見受けられましたが、だんだん時間が長くなり、現在の状況になってから、約三十六時間になります」
 それを聞いた宝条は目を剥いて、ハッ、と、笑うように息を吐いた。白衣姿の研究員たちが見守る中、宝条は、改めてポッドの中を覗きこんだ。
 意識を失って以降、このサンプルは全く目を覚ます様子がなかった。施術は完了して、体力も回復して、いつ目覚めてもおかしくないのに、彼の時間は凍りついたままだ。
 やがて、サンプルの脳波に変化が現れた。眠っているはずなのに脳は活発に動いていて、眼球の細動、不規則な呼吸、血圧の変動が観測されている。
 典型的な、レム催眠の兆候だ。が、通常のレム睡眠なら、三十分そこらで目覚めるものを、彼はもう一日半も夢の世界から戻ってこない。
 サンプルを見上げたまま、宝条は眉を寄せた。どんな夢を見ているのか、当人以外は知る由もない。
 魔晄に浸かったサンプルの金色の髪が揺れている。まさかこの少年と、もう一度顔を合わせることになろうとは―。死んだセフィロスが知ったらどう思うのかを考えると、愉快になって宝条は肩を揺さぶった。
 宝条は、神羅カンパニー科学部門統括だ。彼は常時、大小様々な実験を手がけている。
 以前、この少年に宝条が施した実験もその内の一つだ。
「ふぅむ…。このサンプルのフィジカルデータを見せてくれ」
 少年を見上げたまま、宝条は研究員に右手を差し出した。宝条の発言に驚いて、担当の研究員はぱちりと目を瞬かせた。
「は? ぃ―ッ」
 横にいた別の男に脇を突かれて、研究員は慌ててノートボードを差し出した。それを受け取った宝条は書類をペラペラとめくって、中身を確認していった。
 宝条は、戦闘能力をデータ化する研究を行っていた。モンスターでの実験では、レベルの高いモンスターのステータスをレベルの低いモンスターに上書きすることによって、戦闘能力を高めることに成功していた。
 宝条は次に、人間を利用した。ソルジャーの経験値を、一般兵の脳と肉体に上書きしたのだ。
 しかし、モンスターでの実験とは違い、その日遭遇した一般兵、つまりこのサンプルのステータスには、なんらの成長も見られなかった。理由には心当たりがあった。モンスターにあって人間にないもの、つまり、『ジェノバ細胞』の存在だ。
「―ふん」
 宝条は、つまらなそうに息を洩らした。書類に記されていた数値はどれも、宝条の期待を裏切った。
 書類には、施術前のサンプルのステータスと、施術後のステータスが並列に並べられていた。結果は、微増。ソルジャーに比べればはるかに劣り、隣の部屋に幽閉されている他のコピーと同等レベルだ。
 宝条が予想していた、『ソルジャーと同等またはそれ以上』という結果は得られなかった。別の人間のデータを他の人間に注入しても、変革は起こらないということか。
「これも、失敗作だ」
 そう口に出した宝条は、すぐにサンプルへの興味を失った。ふう、と軽くため息をついて、宝条は踵を返した。
 歩き出そうとする宝条の前に、並んでいた研究員が道をつくった。一人の研究員が、焦った様子で声を上げた。
「博士、ナンバリングはどうしますか?」
「必要ない」
 白衣の右手をひらりと上げて、宝条は言った。サンプルへのイレズミを担当していた研究員は、なにも言えずに押し黙った。
「このサンプルへの対応は?」
 続けて、一番年若の研究員が声を上げた。開けられた扉をくぐろうとしていた宝条が、ぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返った。
 ぎょろりと光る目で睨みつけてくる宝条に、研究員は思わず息を呑んだ。続けて命じる宝条は、もはや、サンプルには視線もくれてやれなかった。
「あと一週間、様子を見よう。それでも変化が得られなければ、これ以上の処置は必要ない」
 ねちっこい声で言い放つと、宝条は他の研究員たちを連れて歩き出した。彼にとっては、言っている内容自体は意味不明であっても、動きのあるサンプルの方がまだ興味深かったのだろう。
「…今の、どういう意味だ?」
「『経過観察』、ってことだろ」
 隣の同僚がため息混じりに言った答えに、研究員は納得した。はぁ、と軽くため息をついて、彼らはポッドの前に立った。
 一人は元ソルジャー、一人は元一般兵。どちらも目を閉じていて、どちらも意識を失っている。
 いや、一人は眠っている最中だ。どんな夢かはわからないが、間違いなく、夢を見続けている。
「お前らがもうちょっと頑張ってくれたらなぁ」
 腰に手をあて、ボヤくように研究員は言った。
 失敗作の担当だなんて、出世の道は絶たれたに等しい。それどころか、この調子ではプロジェクト自体がいつ縮小されるかもわからない。
 ジェノバ・プロジェクト、セフィロス・コピー製造実験における、セフィロス・コピー・インコンプリート、ナンバリング無し。それが彼らの立場であり、課せられた宿命だった。
 サンプルコード・Z、そして、サンプルコード・C―。強制的に眠らされているコード・Zはともかくとして、名もなき実験サンプルである少年が、狭いポッドに閉じ込められて、どんな夢を見、なにを想っているのか。
 彼に注入されたソルジャーのデータがどこに圧縮されているのか、彼に植え付けられたジェノバ細胞が未来にどんな変化を齎すのか。
 今はまだ、誰も知らず、本人でさえ気づいていない。ただ彼は、甘く優しく不確かで、ひどく脆い『夢』という幻想に、囚われているだけなのだから。