Quick Battle

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――戦うことに、なんの意味がある。
 勝ち負け、生死、対立する正義。相反する思想をねじ伏せるため、夢を叶えるため。様々な理由を胸に、人は戦う。
――この戦いに、なんの意味がある。
 幾度も幾度もせめぎあい、繰り返す対戦は、既に習慣になりつつある。空虚と虚無を痛感し、戦いを避けてきたけれど、この男からは逃れられないらしい。
「……アンタとは、決着を、つけなければ」
 彼はいつもの、不敵な笑みを刻んでいた。敵と名のつく全てを、冷徹に、冷酷に切り刻む男の湛えた微笑に、背筋にぞくりとした悪寒が走る。
「お前に、止められるのか?」
 感情の感じられない凍てついた表情で残酷な剣を揮うのに、何故そんなにも優雅に微笑うのか。雑な思考を振り払うように奥歯を噛み締めて、クラウドは立ち上るライフストリームの階を登り始めた。
「やるだけ、やってやる」
 秩序と混沌の入り混じる世界は、瓦解し始めている。不安定な世界は入り組み、入り混じっていて、会いたくない男との遭遇は珍しいことではなかった。
「何も知らぬ裏切り者よ…」
 しなやかな凶刃を操る男が、穏やかに微笑する。好戦的な笑みを刻んだ彼、セフィロスは、ライフストリームを滑るように渡り、間合いを取ろうとするクラウドへと一気に詰め寄った。
 出来ることなら、会いたくはなかった。それなのに、独りでいるときも、仲間と共にいる時も、この男は何の前触れも無く、突然目の前に現れる。
 その度に相手を引き受けなければならない青年の負担は、決して軽くは無い。彼の繰り出す攻撃には加減などなく、遠慮も無い。時に退け、時に捻じ伏せられてきたが、ふたりよがりの戦闘に仲間達を巻き込むわけにはいかない。突然始まった戦闘から仲間を遠ざけるため、捻じ曲がった空間を走り抜けて、二人は人気の無い星の中心に辿り着いた。
「どうして、アンタはそう…いつだって唐突なんだ」
 日々戦闘にあけくれる戦士達の、束の間の休息の時間。それを邪魔された苛立ちがあって、クラウドは眉間に深い皺を刻んでいた。
 磨かれた刃と刃がかちあって、耳に痛い音が響く。押せども引けぬ二つの力は空中で拮抗し、弾きあって飛び散った。
「私はいつでも、お前の傍にいる」
 まるで舞うように、ふわりと、彼は地面に降り立った。彼を包むコートが優雅に踊り、その口隅の綻びが飛ばされるクラウドの眼に焼きついた。
 地を蹴って、跳び上がるセフィロスの手には、研ぎ澄まされた刃が握られている。それが連続で突き出され、身を捻り、剣を掲げ、身を庇おうとするクラウドの肌に、焼けるような裂傷が刻まれた。
「ぐ…っ、ク――ッ」
 一瞬の隙をついて、横に飛び出すように逃げ出した。ライフストリームの流れを伝って浮かぶ星に降り立つと、遥か上空の星に留まって、クラウドを見下ろす男の姿があった。
「私はお前と戦い、お前は私と戦う。場所時間に拘らず、そうなる運命だ」
 右手を持ち上げ、黒い指先が優美な線を描く。相変わらず、癪に障る男だ。運命だかさだめだか知らないが、願って得たものじゃない。煩わしい束縛を断ち切ってしまいたくて、クラウドは夢中で、空中へと駆け出した。
「そんなの、願い下げだ――ッ」
 精神エネルギーの渦がうねり、最果てへと立ち昇っていく。星の深淵に近い場所では、星の欠片たちが危ういバランスで回遊している。
 そのうちの一つに、セフィロスは立っていた。彼にめがけて刺しだしたブレイバーが、連なる剣圧に弾かれた。
「な…ッ!?」
 走る閃光に、黒い羽根が舞い散っている。一瞬の動揺に無防備になって、宙に浮いたクラウドは、セフィロスの背中に一枚の翼が広がるのを見た。
「時は満ちた…」
 セフィロスの秀麗な口唇に、あの酷薄な微笑が刻まれる。居合いの衝撃に吹き飛ばされて、苦悶に表情が歪んでしまう。
「いい顔だ」
 体のいたる所が痛み、切り傷が発火する。クラウドは身を引き裂く痛みに引きずられるかのように空中に弾き出され、細かい星の欠片は衝撃に負けて散り散りになった。
「どんな気分だ?」
 吹き飛ばされている間、そんな刹那の時間にも、耳に届く彼の言葉が体と心を騒がせる。
「傷つく度に、思い出す。そして、忘れられなくなるだろう?」
 腕に、胸に、肢に、顔に、新たな痛みが増えて、防御すらもままならない。
「痛み、怒り、憎しみ――悦びを、覚えているか」
 傷が増える度に、脳の芯まで疼くほどの熱が燃え猛るのに、ぞくぞくと走る悪寒を耐えられない。
「今また、新たな痛みを刻もう」
 切り裂かれる衝撃と、同時に生まれる衝動。その正体を誤る前に、ギリ、と奥歯を噛み締めて、クラウドは空中を蹴り出した。
「く…っ、はあ…ッ」
 横薙ぎに閃いた正宗を避けて、空いた隙を切り裂いた。飛ばされていく男を追いかけて、クラウドは宙を跳ぶ。
「相手をするほど、暇じゃない…!!」
 精神エネルギーの豊かなこの場所では、リユニオンは絶大の力を発揮する。弄り、惑わせるのが相手の思惑なら、長期戦は得策ではない。
 相手の力を削いで、自分の強さに換える。一撃に渾身の力を篭めて、クラウドは剣を振り上げた。
「与えられるものは、もういらない」
 刻まれた傷と同じだけの痛みを刻むべく、大刃の剣を斬りつける。吹き飛んだ相手を追いかけて、風を踏んだクラウドの切っ先が煌いた。
「降りかかる火の粉は、払わせてもらおう」
 斬る、と、腕と武器とに明確に意思を伝えた。両手に握り締めた剣を確かに振り下ろしたのに、それは空気を裂いただけで、手応えはまるでなかった。
「ほう」
 楽しげに笑む口許が、クラウドをおびやかす。宙を踊ったセフィロスに切り伏せられて、クラウドは再び天へと弾き飛ばされた。
「私を拒んだ後、お前に、なにがある?」
 星の中心の空は、暗澹とした闇に繋がっている。追い立てて、追い立てられて、上も下も分からなくなる。
「仲間と共にいれば、誤魔化せるとでも思っているのか」
 コスモスの精鋭として、カオスの戦士として。崩壊しゆく世界を賭して戦うこと、その為に彼らは集った。
 この戦いは、真の戦いとはまるで別個の衝突だ。ならば何故、この男と戦わねばならないのか。
「わけもわからず戦うだけの、詰まらない人形だ」
「は…ぐぁ……ッ」
 鋭く、長い妖刀で空に叩き付けられて、衝撃にクラウドは苦悶した。痛む眉根を震わせて、剥がれ落ちていくクラウドは、霞む視界に相手を探した。
「私を求めろ、クラウド」
 幾度も、幾度も戦ってきた。クラウドが望むと望まざるとに関わらず、この男との因縁はもはや宿命になってしまっている。
 けれど、決まりごとに縛られて、その掌で踊らされるなど、我慢ならない。遥か天空で、片翼を担う男の囁く涼やかな声がした。
「そして、約束の地へ――
 獄門を開いた妖刀に貫かれ、これまで散々空中を弄ばれてきた体が、地に堕ちていく。痛みに悶え零れた悲鳴を、落下の爆音がかき消していく。
 このままでは、また流されるだけだ。無様な敗北を味わって、骨の髄まで蹂躙される。
 そうさせて、なるものか。反骨と反発が、クラウドの力を滾らせた。
「限界を、超える…!!」
 迸る魔晄の力が、身を劈く英雄の剣を弾かせた。眩く輝く光に気圧されて、セフィロスは一瞬の怯みを見せた。
 羽根をばさりと動かして空中を漂うセフィロスは、この手で確かに捕らえていたはずの相手を見失う。その居場所に気づいたのは、光を放つアルテマウェポン切りつけられた後のことだった。
「全てを断ち切る!」
 斬り上げられた体が、縦横無尽の攻撃に晒された。気合を篭めた一撃一撃は重く、避ける暇も無い。
「これが全てだ…」
 セフィロスの素早く、大仰な攻撃には、超究武神覇斬でなければ対抗できない。繰り出した大技は紙一重のところで覆されて、セフィロスの四肢は硬い地面に叩き付けられた。
 全身を揺るがす衝撃と痛みとに、暫くは身動きもままならない。起き上がろうとすると、身に走る激痛に、英雄は美しい貌を曇らせた。
「悪く思うな」
 地に立って、剣を受け止めたクラウドが、振り回した剣を背中に納めた。幾度も剣を交え、その結果は時々により違うけれど、一つの区切りをつけた安堵に、青年は胸を撫でおろした。
「星に見捨てられたか…」
 ふ、と、笑みの萌える音が聞こえた。足許に倒れた男の口許に、それはあった。
 その背中にあった片翼が、音も無く散っていく。自嘲するような彼の微笑に、クラウドは眉をぴくりと顰めた。
「…何がお前を強くした?」
 セフィロスは、緩慢とした動作で上体を起こす。しかし、その左手に握られている妖刀を操る気は無いらしい。
 世界の結末を賭した戦いに比べれば、こんなものはただの小競り合いでしかない。彼の漏らした疑問は、世界からすれば意味の無い問いかけなのだろう。
 ならば、その答えも意味の無いものでいいはずだ。用を無くした剣を納め、力無く横たわる男の上に跨って、クラウドは呟いた。
「俺は…俺の現実を生きる」
 剣を握り締めていた両手が、セフィロスの頬を包み込む。傷つけた手で傷ついた人を抱き締めて、触れるだけの接吻けで、そっと彼の口唇を塞いだ。
 情愛など無い、労わりと慈しみと、慕情を秘めた接吻けだった。咄嗟に驚いた男は、やがて緩やかに緊張を和らげていく。呼気を求めて薄く開かれた下唇を確かめるように挟み込むと、クラウドはそっと、顔を上げた。
「…なるほど、それがお前の答えか」
 彼はいつものように、舌を絡めてはこなかった。巻き込んで、引きずりこもうとするでなく、与えられたキスを引き受けただけだったから、クラウドの恥じらいは一層増して、彼はおもむろに立ち上がった。
「帰るぞ」
 こんなところに、長居は無用だ。仲間との団欒の最中、突然に強襲されたクラウドを、仲間達は心配している頃合だろう。早く戻らなければ、と、歩き出そうとするクラウドに、セフィロスが声をかける。
「次は、本気を出そう」
 そのときは、いつ訪れるのだろう。また同じように小競り合うのか、世界に翻弄されるまま、どちらかを屠るまで削りあうのか。
――興味ないね」
 振り返らないまま、クラウドは答えた。ライフストリームの深淵へと飛び込んで、続く次元の狭間へと身を投じる。
 運命だとか、宿命だとか、そんなものは関係ない。確かに結び合っている情を因縁だとこじつけて、関わっていたいだけだ。
 再び巡り合う時、相も変わらず、戦い続けるのだろう。そんな予感を胸に宿す互いの口唇には、接吻けの余韻が残ったままだった。

【 END 】