無冠の帝王<02>
ギャアギャア、と、耳を劈く声を響かせ、雷神鳥は焼け焦げた。消し炭になった羽根がひらひらと舞い落ちて、それは地面に触れた瞬間、崩れて粉になってしまった。
セフィロスはファイガを吐いた掌をしまうと、ふ、と、小さく嘆息した。
まったく、手応えのない連中だった。野生のモンスターなどでは、肩慣らしにもなりはしない。
ここは資材に溢れたミッドガルではないのだから、むやみに剣を振り回し、壊してしまっては面倒だ。幸い、セフィロスの魔力は有り余っていた。雑魚を相手にする間は、魔法を使おうと決めていた。
「『決して光の届かぬ場所』、か──」
戦闘を終えたセフィロスは、再び顔を上げ、辺りを見渡した。
この国のどこかに、伝説の武器が眠っている。それを呼び覚ましてこいというのが、宝条からの指令(ミッション)だった。
伝説などを信じるつもりはなかったが、神羅の研究施設に缶詰めにされているよりは、退屈しないで済みそうだ。笑みを深めるセフィロスの頭上には、太陽が燦々と輝いていた。
「日が暮れる前に、終わらせるか」
そう言うと、セフィロスは再び歩き出した。ウータイの地形はミッドガルを発つ前に確認している。昔の地図だったが、現状はあまり変わっていないようだ。
詩には、まだ続きがあった。太陽の神から生まれた子供たち──、四番目の兄は、具現化した兄たちに倒された。が、自分の存在を永遠のものにするために、彼は、弟たちの作った剣に呪いをかけた。
『この剣を手にする者は、確かに、最強の力を手に入れるだろう。その代わり、その者は必ず非業の死を遂げる。決して、幸福になれはしない』──。兄を倒すための弟たちの策略は、自分を貶めた者たちへの呪いへと姿を変えた。
弟たちは、自分らの創り出した力と兄のかけた呪いを恐れ、それを封印することにした。この世でもっとも安全な場所、大地と融合した兄たちに護られた、『決して光の届かぬ場所』に──。
「なるほど、おあつらえ向きだ」
切りだった崖の上に立ち、セフィロスは足を止めた。目の前に広がるのは、巨大な渓谷。荒々しい岩肌がむき出しになっていて、見下ろす者を薄ら寒い心地にさせる。
ギリギリの岩場に立って、セフィロスはその下を見下ろした。大地にできた裂け目の中には、ゴツゴツとした岩が波のように重なっていた。更に下方を覗こうとするけれど、重なる岩が影になって、深部までは確認できない。
もしもここにあるというなら、こんなに簡単な話はない。けれど、もしもセフィロスでなかったら、こんな場所を探そうなどとは思わないのかもしれなかった。
崖と崖の間は狭く、降りたら二度と登れないような気にさせる。どこまで深いかはわからないが、落ちてしまえばきっと無事では済まないだろう。
暗い崖を下っていって、再び登ってこれるかどうかはわからない。しかも、幸運にも目当てのモノを探し当てたとしても、刀の呪いに人生を狂わされることになる。
そうなのだ、この詩の教訓は三つある。
ひとつは、ウータイは太陽に愛された国であり、巌しい地形は国を守るためであるということ。ひとつは、内乱が起きたとしても、ウータイの人間は決してそれを許さない。肉親であろうとも、ウータイの平和を乱す者には必ず制裁が与えられるということ。
そして、最後のひとつは、最強の力を手に入れたいと願う者は、必ず不幸になるということ。真に最強になりたいのなら、武器などには頼らず、自らの知恵と力を磨くべき、と。
「ばかばかしい」
利き手に剣を握ったまま、セフィロスは冷ややかに吐き捨てた。そうしてセフィロスは、命綱などの道具を使うこともなく、生身のまま、ぱっくり開いた大地の裂け目に身を投じた。
びゅうびゅうと、落下するセフィロスの耳の脇を冷たい空気が吹き抜ける。セフィロスは剣に嵌めていたマテリアを発動させて、瞬く間に、太い氷を崖の間に構築した。
先ほどと同じように、セフィロスは風を従え、氷の上にふわりと降り立つ。急ごしらえの足場だったが、崖を横切る氷の橋は、セフィロスの体重をしっかりと支えていた。
「さて……」
陽の光の射していた上に比べて、崖の中は少し涼しく感じられた。顔を上げると、狭い空に薄い雲がゆっくり流れていくのが見えた。
剣には、二つのマテリアが嵌めてあった。ひとつは冷気、もうひとつは炎属性のマテリアだ。
す、と右手を持ち上げて、セフィロスは指の先に小さく赤い炎を点した。周りがぼんやりと明るくなって、探索が楽になった。
ファイアに照らしだされた景色は、想像していた通りの殺風景なものだった。岩が幾重にも影を作っていて、底の様子はまだ窺えそうにない。
セフィロスは剣を握る手を伏せて、今度は、冷えた空気を凍らせてブリザドを紡ぎ出した。それを崖に突き刺して、簡単な階段を創りだす。
セフィロスは、ゆっくりと脚を踏み出した。コツ、と、足音はよく反響し、靴の底からひんやりとした感覚が伝わってくる。
もう一段、もう二弾、と、氷の階段を降りていくセフィロスは、足許から吹き上げてくる冷たい風に気がついた。それはこの先に、空気の抜け道があるのだということを意味している。
「……なるほど。まったくのデタラメというわけでもなかったようだ」
セフィロスは口許をゆっくりと綻ばせた。無自覚であったからか、辺りが薄暗かったからか、誰かが見れば、それは凶悪な微笑みに見えただろう。
崖の内側にブリザドを打ちつけながら、セフィロスは悠然と崖の深くへ降りていった。彼の足元を冷やした風は、いつの間にかセフィロスの膝から腰、胸元、そして頬にも感じられるようになっていた。
セフィロスの輪郭を覆っていた銀の髪が、風でふわりと膨らんだ。耳許には、ザアザアと喚くような音が届く。
まるで、肌を傷つけられた大地が怒りを重ねているかのように。
吹きつけてくる風が、どんどんと強くなってきた。コオオ、と、奥から冷えた空気が渦巻いてくる。あたりは一層暗くなり、セフィロスは右手のファイアを燃やして、す、と、腕を持ち上げた。
ズゥン、と、崖に震えが伝わった。岩がざわめき、セフィロスの足元の氷も鈍く震え出した。
「なるほど、コレが怖いのか」
セフィロスは笑みを深めて、右手を前に突き出した。燃え上がるファイアの火に照らされて、鋭く削れた岩の断面が浮かび上がる。
その先は全くの暗闇で、狭くなって行くはずの大地の裂け目が、この先どうやら膨らんでいるらしいとわかった。
この風も、振動も、この先の空洞から響いてきているのだろう。地響きはどんどん強くなり、氷の上で真っ直ぐ立っていられなくなってくる。
それならば、と、セフィロスは右手に集めた魔法の力を掌の中に凝縮させて、赤く燃える火の球を、更に深くへと放り投げた。
パチパチと音を立てて、燃え盛るファイアが遠くなっていく。それがやがて眩い光を発したかと思うと、雄叫びのような地響きが崖の中に響き渡った。
「ク──ッ」
セフィロスは眉を顰め、思わず片手で耳を塞いだ。それと同時、ピシリと足元に亀裂が走り、バランスが取れなくなった。
周りに聳える岩壁が肉のように脈を打つ。激しく波打つ崖の中で、セフィロスが築いた氷の足場がバラバラに砕け散った。
石が、岩が、土が散る中、セフィロスは飲みこまれるように崖の中を落ちていった。セフィロスはしっかり剣を握ったまま、空中でなんとか姿勢を整えた。
セフィロスの放ったファイアは太陽のように燃え盛り、暗闇に満ちた穴を照らし出した。頭上に降る岩を剣で薙ぎ払い、セフィロスがなんとか地面に降りた頃、激しい地震は鳴りを潜め、埃の舞う中、ファイアは静かに燃え尽きた。
「随分深いな……」
天を見上げて、セフィロスは呟いた。頭上を覆う埃の向こうで、空は遠く、随分狭くなっていた。
辺りはやはり、随分広い空洞であるらしい。セフィロスは再びファイアを点し、注意深く周囲を眺めた。
まるで、蓋のあいた瓶の底に立っているかのようだ。これだけ深い谷なのに、足元が乾いているのは不自然だ。
溜まった雨は、この地下に染み出してしまうのだろうか。歩き出そうとしたセフィロスの足が、なにか硬いものを踏みつけた。
ファイアで照らしてみてみると、それは、なにかの骨だった。形と数から考えて、きっと人間のものだろう。
つくづく、自分は有能だ、と、セフィロスは考えた。苦労らしい苦労もせず、目当てのものの眠る場所にたどり着いてしまうとは。
「────だ──」
セフィロスは、先刻感じていた風の出処を探していた。空気の振動が音を連れてやってきて、セフィロスの口許がゆったりと笑みを刻んでいった。
「そこに──……──れだ……」
セフィロスは腕を差し出して、その掌に点したファイアに魔力をくべた。ボウッ、と、大きくなった火の玉を投げ捨てると、それは天井に近い場所で太陽にも似た輝きを発揮した。
「ほう」
照らし出された景色にセフィロスは感嘆して、頬に刻んだ笑みを深めた。
訪れた者を威嚇するために彫られたものだろうか、それとも、この谷そのものが意思をもってその形を創っているのか、壁一面の大きな顔がセフィロスに牙を剥いていた。炎に照らされ、ゆらゆらと影を揺らすその顔の、耳まで裂けた大きな口から岩の牙が覗いている。口の中は真っ暗な闇が渦を巻いていて、先刻感じた風も、つい今しがた聞こえた声も、そこから吐き出されていたのだ、と、セフィロスは確信した。
「ここに、伝説の武器とやらがあるはずだ」
左手に剣を握ったまま、セフィロスは言った。右手を、すい、と持ち上げて、挑発的な笑みを携え、岩の顔を睨みつける。
ごうごうと唸るような風が吹いて、セフィロスの足許で石ころがカタカタ揺れた。岩壁は、笑っているのだろうか。燃えるファイアに照らしだされた不気味な顔が、招かれざる来訪者へと声を伝えた。
「そう言って……やってきた人間は……久しぶりだ……」
岩の顔は、少しずつ思い出すようにして、厳かに言葉を紡いだ。半信半疑ではあったけれど、これだけ奇妙で奇怪な現象を目の当たりにして、セフィロスは、ウータイの伝説が確かであったことを認めざるをえなかった。
「いかにも……、此処には、神の力の宿りし武器が祀られておる……」
来訪者を威圧するように、壁は、恐ろしげな声を響かせている。ミシミシを音を立てて笑みを深めた壁の口から、バラバラと硬くて鋭い岩の粒が落ちていく。
「だが人間……、貴様には、到底扱えまい……」
岩の声は、だんだんと聞き取りやすくなってきた。しかし、相手は人間というよりも、化物に近い存在だ。それ以上の問答を続けるつもりは毛頭なく、セフィロスは剣を構えると、毅然として言い放った。
「能書きはいい。さっさと、そいつの在り処を教えてもらおう」
セフィロスの握る剣の切っ先が、ファイアに照らされた洞の中で、鋭い煌きを放っていた。何の変哲もない剣であっても、セフィロスの手に握られたそれは、なによりも研ぎ澄まされた一振りとなる。
「フハハハハハハハ」
地面を、周りの崖を揺らして、轟くような笑い声がセフィロスに襲いかかった。壁に埋まっている顔の大きく開かれた口の奥から、岩の塊が吐き飛ばされてくるのを感じて、セフィロスは咄嗟に構えていた剣を揮い、それを一思いに斬り裂いた。
真っ二つに分かれた岩が、壁に当たって大きな音を響かせた。姿勢を崩したセフィロスが顔を上げると、顔のように見えていた岩肌に亀裂が入り、笑っていたように見えた口が、どんどんと狭まっていくのが見えた。
笑い声の残響がだんだん薄くなっていき、代わりに、コオオオ、と、風が広がっていく。眉を顰め、変化していく岩の様子をセフィロスが見つめていると、闇色の口の奥から鋭い光が射しこんでくるのがわかった。
「ク────ッ」
視線を反らし、横へと飛び退き、セフィロスは見事なまでの敏捷さを発揮した。暗くて深い闇の奥から吐き出されてきたものは、容赦も躊躇いもなくセフィロスに襲いかかってきた。
「ふん……ッ、は──‼」
相手の形もわからないまま、セフィロスは手に持つ剣で相手の攻撃を薙ぎ払った。ギンッ、ギンッ、と、手に衝撃が伝わって、セフィロスは地面を蹴って、相手との間合いをとった。
大分距離を取らされて、セフィロスの表情を悔しさが曇らせた。見てみると、老いた姿に変容した岩壁の前で、一振りの刀が妖しい光を放っていた。
「わしが、それだ」
岩壁が喋っていたのだから、今更、刀が人の言葉を発したところで驚くまでもない。伝説と呼ばれた刀の剣圧をまともに喰らい、セフィロスの携えていたおもちゃの剣の刃にピシリと亀裂が走った。