さては烏の跡ぞ知られじ<02>
長きに渡る戦争で神羅と敵対していたウータイは、終戦後細々と復興し、最近では──神羅以外の企業単位ではあるが──大陸間の交流も再開され始めている。戦前に巡航していた定期客船をコスタ出身の観光会社が再稼働させていて、週に一度の運航スケジュールにタイミングよく乗りこんで、カンセルたちはコスタを発ち無事に海を渡ることが出来た。
民間の小型客船は神羅の船とは違って定員も乗客も少なく、よく揺れたしスピードも早くはなかった。昼前に出港して、三、四時間後夕方までにはウータイに着港する。
自然は壮大で、狭い船で往く海の上はひたすら暇な時間だった。乗客へのサービスのつもりなのか、航海中二人は同乗していたガイドからウータイについての様々な逸話を聞かされていた。
ウータイはかつて『太陽の国』とも言われていた。真偽のほどは定かでないが、太陽の神がウータイを造ったという伝説があるらしい。
太陽神のお宝が今もどこかに眠っているなど信じ難い話もあった。噂話や知識として知っていたことも多かったが、最近よく見かけるという不思議な現象の話にはカンセルも興味を惹かれた。
「アレじゃないですか?」
港に着くと、カンセルたちはまず宿を探した。日が暮れるまで『怪我人連れの観光客』について探ってみたが、それらしい人物は誰も見かけていなかった。
ウータイではソルジャーは目立つ存在だ。戦争の記憶の残るこの国で、ルクシーレはコスタ以上に人目を気にしなければならなかったし、もしザックスが来ていたとしても必ず噂になるはずだった。
「なるほど、アレか」
波の音が心地の快い音楽を紡いでいる。夜空を映した水面には星の光が宝石のように煌めいている。
二人は夕食をとった後、街を出て西側に見える海岸へと出かけていった。柔らかな砂浜に足跡を刻んで歩く。広大な海原を眺めていると水平線にチカチカと赤い光が揺らいで見えた。
「確かに不思議ですね。一体なんだろう」
こんないい夜は久しぶりだとカンセルは思った。今朝方までコスタに駐留していたというのに、これほど静かな心地で海を見ることはできなかった。
ザックスを探すことに必死になって、ルクシーレと一緒にいて神経をすり減らしていた。そんな状況に疲弊していた肉体と精神が癒されていくようだった。
憑き物のように凝り固まった思考も清々しく冴えて、固まりきった決意だけがしっかりと胸に残っていた。
「本当に、死者の魂だったりしてな」
カンセルは自分の発言に肩を揺らして笑った。すっかり夜の更けた海辺で、サングラスを外したルクシーレがため息をつくのが見えた。
ウータイの西岸は海流が早く、夜に出る船は限られている。ポツポツと灯る光は炎にも見えて、それがいくつも横に連なって夜と海との境目を知らせている。
「漁船の灯りじゃないし、あんな海の真ん中でなにかが燃えてるわけがない」
ガイドの話では、灯りを頼りに近づいてみてもなにも見つからないらしい。夏の夜に見られることが多いが、ここ数日はほぼ毎日目撃されているようだ。
「水神の灯り、か──。見られてラッキーだったな」
昔の人たちは、この不思議な現象を【不知火】と呼んだ。夜の海が暗くならないように太陽神が水神に自分の灯を貸したのだという伝説もあるようだった。
炎を司る太陽神と海を司る水神は、ウータイの昔話によく出てくる存在だった。ウータイの人々は彼らを崇め祀ることで、自然の雄大さを敬い、恐れた。
自然の力をエネルギーに換えて商売をする神羅とは相容れないのも無理はない。
「非科学的ですよ。何かの自然現象でしょう。それを『神』のせいだなんて」
カンセルもルクシーレも、神羅にいて常に最先端の科学技術に触れていた。ソルジャーという存在こそが神羅の誇るテクノロジーの結晶であるといっても過言ではなかった。
だからルクシーレの感想はもっともだったし、カンセルも同じように考えていた。けれど実際目の前にある光景は、カンセルの期待に応え今後に対する自信を強くさせていた。
「こんなとこで、本当に会えるんですかね」
ルクシーレは依然不安な様子で、不満そうでもあった。眉を寄せて問いかけるルクシーレに、カンセルはつつがなくもっともらしい答えを返した。
「お前が神羅に追われてたとして、神羅のいる街に隠れるか?」
カンセルはここで必ず成し遂げることを決めていた。その決意は自信となってカンセルを強く見せる。
そんなカンセルにルクシーレが異論を唱えるはずもなかった。知識以上に有力な材料のない彼にとって、カンセルは彼の目的へ繋がる唯一の手掛かりだったから。
「探してみようぜ。隠れる場所ならいくらでもある、それに……」
カンセルの言動に切羽詰まったものはなかった。ザックスはうまく逃げている。カンセルやルクシーレならともかく、並の兵士やソルジャーでは彼を捕縛するどころか捕捉することもできないだろう。
「まだあいつは不知火になってない」
ポケットにしまっていたモバイルを確認して、カンセルは言った。やはりザックスについて新たな情報は来ていなかった。その事実と現在の時刻とを確認すると、カンセルはモバイルを閉じそれを元の場所に戻した。
次の日、カンセルとルクシーレはザックスの捜索を開始した。街を出ればモンスターも出没している。食料調達と出立準備のため、二人はまず街の道具屋に立ち寄った。
「テントを二つと缶詰と……あと、そうだな。煙草は置いてるか?」
ルクシーレは視線を上げると買い物をするカンセルを凝視した。
ウータイの道具屋には神羅製の商品がなく、その分土産物や生活必需品のコーナーが広めにとられている。店主は気持ちのいい声で少し待つよう促すと、缶詰の並ぶ後ろの棚に積まれた煙草を取って寄越した。
「吸うんですか?」
会計を済ませ、店を出た後ルクシーレが興味深げに問いかけた。
「昔は吸ってた。ソルジャーになってやめたんだ」
買った煙草とライターをポケットにしまって、カンセルは答えた。
「神羅を辞めたら久しぶりに吸ってみようと思ってな」
カンセルが笑うと、ルクシーレが口隅を緩めて応えた。その時が決して遠くはないことを彼もわかっていたのだろう。
「お前は? なにかしたいことないのか?」
市街地を歩きながらカンセルはルクシーレに視線を流した。他愛のない雑談だったし、こんなことでボロが出るような相手でないとは承知していた。
「正直、困ってるんですよね。考えたことなかったもので」
ルクシーレは嘆息すると眉を寄せて苦笑した。てっきり明確な言い訳を用意していると思ったのに、隙のある返答にカンセルは驚いた。
「でも、楽しくなると思いますよ、少なくともこの数年よりは」
サングラスを直しながらルクシーレは付け足した。彼の口元は未だニヤついていて、けれどその笑みは先刻よりも無邪気で悪戯めいて見えた。
「そのためにも、早くザックスさんを見つけないと」
そう言って歯笑いを見せるルクシーレに、カンセルは頬を緩ませた。
ルクシーレは本来、前向きで熱意があって意欲的な男なのだ。疑り深く嫌味な彼は、きっとカンセルしか知らない。
どちらが本性かと言えばきっとどちらもなのだろう。人間には表裏がある、表裏があるのが人間だ。
表裏のない人間は、カンセルの知る限りザックスくらいのものだった。あまりに単純であまりに素直、それが彼の魅力だった。
ザックスは歯車だ。カンセルにとってもルクシーレにとっても、きっとこの世界にとっても。
彼がいなければうまく動けず、機能も進展もしない。空回りを続けていた全てのものが、彼の登場をきっかけに再び静かに廻り始める。
確かに動き始めた世界に新たな一歩を踏み出して、カンセルは先を急いだ。隣を歩むルクシーレを同じ道に上手く誘いこみながら。
街を離れて荒野を散策すると、なるほどウータイは険しい自然に囲まれていて、それだけではなく戦争の爪痕も克明に刻みつけられていた。戦火に呑まれた村の残骸がそこここに転がっていて、カンセルはかつてこの地で戦った仲間たちの事を想った。
彼らは皆、『会社の命令』という大義名分でもって人を殺し、村を焼いた。神羅に言わせればそれは正義に基づく正当な粛清行為で、残虐な殺戮などでは決してないということだった。
しかし、消し炭になってしまった者たちからすれば神羅は紛れもなく侵略者で、その命令通りに剣を揮ったソルジャーは憎まれ恨まれ裁かれるべき存在だ。自分はこれからどちらになるのだろうか、英雄か罪人か──。そう考えたカンセルは、自分が英雄と呼ばれる未来を想像することができなかった。
「どうやらこの先みたいですね」
地図上の集落は既に跡地で、カンセルとルクシーレは無言でそこを通り過ぎた。誰もいないことを確かめた後、息の詰まるような独特の不快感を振り切るようにルクシーレが言った。
ヒュウヒュウと二人の間を乾いた風が吹き抜けていく。道はまだ先に続いていて、けれどこの先に人が住む街があるとは思えなかった。
「休憩できなくて残念だったな」
地図通りなら、二人はここで昼食を摂れる予定だった。そうはならなかったけれど、ソルジャーである二人にとって大きな問題ではなかった。
その場から早く離れたい気持ちもあって、二人は少し急いで歩いた。歩きづらい道の左右は切り立った岩に囲まれている。いつの間にか登り坂になっていて、くねくね曲がる歩き難さもあって、二人の呼吸は上がり始めた。
「こんな山道を歩くことになるなんて、思いませんでしたよ」
ハァハァと呼吸を弾ませ、ルクシーレがボヤいた。それがなんだか可笑しくてカンセルは笑みを洩らした。
「いい運動になるだろ」
日は照り、服の中でじんわり汗が滲み始めた。ミッドガルでは味わえない疲労感がカンセルは嫌いじゃなかった。
「本当にあるんですかね、神様の祠なんて」
それはやはり、ウータイへ渡る際にガイドから聞いた話だった。この国には数々の伝説があって、その一つに太陽神のお宝を封印した祠の話があった。
「俺だって、全部を全部信じてるわけじゃねぇよ」
ルクシーレは相変わらず疑い深く、そんな彼がカンセルに同行していることが奇跡のように思えてくる。上手く騙されてくれているのか、カンセルを監視しているのか──。どちらにせよ、カンセルが目的を達することの妨げにはならなかった。
「でも、あったとしたら、あいつにお似合いの潜伏場所だろ」
カンセルがそう言って笑う頭上に大きな影が差し掛かった。はるか上空から舞い降りてきたそれは、バサバサと大きな翼を羽ばたかせてギャアギャアとうるさく鳴いた。
雷神鳥はウータイでよく見かけるモンスターだ。巣が近くにあるのだろうか。独特の声で仲間を呼び、威嚇するように旋回して敵意を剥き出しにしている。
「まさかバテてないだろうな?」
顔の横を汗が伝うのを感じながら、カンセルはルクシーレに声をかけた。旅路の邪魔をされる前に彼らを倒さなくちゃならない。
「僕、どちらかというと、山登りよりこっちの方が得意なんです」
街では隠していた剣をルクシーレは既にしっかり構えていた。さすがはソルジャーだと感心する一方で、カンセルもソルジャーらしく自分の剣を手に取った。
「それじゃあ、やるか……!」
カンセルはそう言うと地面を蹴って、ルクシーレもそれと同時に空中へと踊り出した。二人の剣は空を裂き、襲いかかるモンスターに的確に一撃目を食らわせた。
ルクシーレとの共闘は一言で言えば『スムーズ』で、他の誰と比べても──恐らくザックスと共に戦った時よりずっと闘り易かった。
パーティで戦う時、カンセルは基本的に他のメンバーのサポートにまわる。後衛をこなすというより、前衛が闘い易くなるよう囮になったり、敵の隙を作って仲間に突かせるのがカンセルの闘い方だった。
ルクシーレはカンセルの動きをよく見ていて、自分が前に出たり後ろに引いたりをうまく調整できていた。合図や指示を出さなくても期待した通りに動く。そんな相手にカンセルは感心して、空恐ろしい心地になった。
こんな相手を、うまく手玉に取ることなどできるだろうか。もしかしたら自分は既に乗せられているのかもしれない。
そう思うのと同時、カンセルは良くない感情が自分の中にあるのを感じた。たとえ騙されていたとしても、それならそれでいいじゃないか。これだけ警戒している自分がもし騙されていたのなら、相手の見事な策と手腕に敬服するより他はない。
けれどそう考えることが悪手であるとはわかっていた。カンセルには既に使命ともいえる大きな目的があったから。
今の内に、親友への言い訳を考えておかなければならないかもしれない。ルクシーレと数日共に過ごしたことで、カンセルは自分に生まれた良くない変化を既に察知し始めていた。