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- Final Fantasy 7
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- 散らば花びら、芽生え花占
散らば花びら、芽生え花占
■ ■ ■
「こ~ら~、なにやってるの」
腰に手をあて、エアリスは床にしゃがみこんでいた少年へ声をかけた。近くにいた女の子も肩をびくんと竦ませて、エアリスを凝視していた。
エアリスが売り物を準備している間、二人は教会の中で仲良くかくれんぼをしていたはずだった。それがやたらと静かになったと思ったら、彼らは隅っこに腰を下ろして、バラバラになった黄色い花に囲まれていた。
「なにって、花占いだよ」
「知らないの、エアリス」
そう言われて、エアリスはぱちりと目を瞬かせた。花売りなんて商売をやってはいるが、花を使った占いがあるなんて初めて聞く。
「占い、できるの?」
エアリスは膝に手をつき、二人の手元を覗きこんだ。前髪がふわりと触れて、エアリスの頬に影を落とした。
「占いたいことを考えて、それが叶うか叶わないか、花びらをむしっていくんだ」
男の子は得意そうに鼻の下を擦って言った。二人の足元には、バラバラになった花びらが散らばっていて、それを見つけたエアリスは困ったように眉を寄せた。
「ちょっと、かわいそう」
落ちた前髪を耳にかけて、エアリスは苦笑した。座りこんでいた少女は申し訳無さそうな顔をすると、縋るような瞳でエアリスを見上げてきた。
「売れないのを使うから、やってもいいでしょ?」
子どもたちの無垢な遊びを、邪魔しちゃ悪いとは思う。けれど、ミッドガルのスラムに咲いた奇跡のような存在をぞんざいには扱えない。
「ちゃんとお花に、ありがとう、してね」
エアリスがそう言うと、二人は素直に頷いた。散らした花びらを大事そうに一箇所に集めると、向かい合わせに座り直して占いを再開する。
「今日こそ父ちゃんは、帰ってくる、帰ってこない、帰ってくる……」
そうやって占うのか、と、エアリスは納得した。二人の父親は、ミッドガルからカームへと資材を運ぶ仕事をしている。資材以外にも運んでいるものはあるらしいが、子供の彼らには詳しく内容を教えていない。
カームへの道のりにはモンスターも出没している。ハイウェイの治安維持は神羅が対応しているが、最近は暴走するマシンも多いと聞いている。
不安な気持ちを紛らわすように遊んでいても、やはり心のどこかがざわつき、こんな小さな占いでも、縋らずにいられないのだろう。その気持は痛いほどわかったから、エアリスは長椅子に腰を下ろし、二人を静かに見守っていた。
「帰ってこない、帰ってくる……あ、帰ってくるって!」
一枚だけ花びらの残った花を握りしめ、男の子は嬉しそうに破顔した。握っていた花を突き出され、それを受け取る女の子も次第に笑顔になっていく。
「じゃあ、早く帰らなきゃ、ね」
二人が嬉しそうに笑うから、エアリスもつられて笑んだ。無邪気に喜ぶ二人の足元で、花びらがふわりと揺れる。それじゃあ、またねと言い置いて、トタトタと駆け出していく二人を見送り、エアリスは笑顔で手を振った。
「転ばないように、ね」
子どもたちがいなくなって、教会の中は静かになった。一人ぽつんと残されて、エアリスは、ふう、と小さく息をついた。
二人の残していった花を拾おうとすると、まだ占いのされていない一輪が残っていた。それをなんとなく拾い上げると、エアリスは優しく華やぐ花の向こうに占う相手を探し始めた。
きっと、彼は帰ってこない。エアリスだけがそのことを知っていた。
あれは、何ヶ月前のことだったろう。星が教えてくれたのは、信じたくはなかったけれどきっと確かに事実だった。
エアリスに特別な力がなければ、知らないでいたかもしれない。エアリスが古代種でなかったら、彼を待ってられたかもしれない。
いや、無理だ。何年も便りのない相手を待ち続けられるほど、エアリスは強くない。彼がいないというだけで、自分は空すら見上げることができないのだ。
すう、と息を吸いこむと、エアリスは左手に花を持ち、右手の指でその花弁を摘んだ。
これは、お別れ。諦めたのだと確かめるためのいくつものテストのひとつ。
これをちゃんとこなせたら、また少し強くなれる。つらさとも悲しさとも寂しさともさよならできる。
「帰ってくる、帰ってこない、帰ってくる、帰ってこない……」
教会の片隅に佇んで、エアリスは握っていた花から黄色い花びらを摘み取り始めた。がくを持って軽く引っ張り、ぷつ、とむしり、指を離す。
足許へひらひらと黄色い花弁が落ちていき、エアリスの願いと祈りを運んでいく。花弁の数が少なくなるほど、エアリスの胸は締めつけられた。
帰りを待つというのは、決して易しいことじゃない。期待と不安で胸が潰れて、息もできなくなってしまう。
そう、まるで今のように、苦しさに責め立てられる。逃げたい、だけど逃げたくない。この切ないほどの痛みから、いつか彼が救い出してくれるはずだと信じたい。
「帰ってこない、帰ってくる、帰ってこない、帰ってくる……」
花びらの数はどんどん減って、結果にだんだん近づいていく。それは少し恐ろしくて、けれど、始めてしまった以上は向き合わざるを得ないものだ。最後の一枚に差し掛かって、エアリスの指はぴたりと止まった。それを摘んでいいものか、エアリスの指は躊躇った。
「あ……」
思わず、小さな声が出る。その結果は知りたくなかった、止しておけばよかった、と、今更ながらの後悔で目が眩んでしまいそうだ。
「『帰って、くる』」
最後の一枚を摘み取りながら、エアリスは小さな声で呟いた。胸の奥が温かくなり、震えている指先や床につけた足の裏まで感情が充満していく。
こんなものは知りたくなかった。ただの子供騙しだと高を括っていたかった。
ただの占いのはずなのに、縋りたくなってしまう。もう一度あの人に会いたい、と、隠れていた気持ちが溢れてしまう。
「なんで、かな……」
目の裏が熱くなって、泣いてしまいそうだった。もう二度と、あの人の名前を口にすまいと決めていたのに、今とても、彼の名を呼びたくて仕方がない。
ザックス、ザックス、ザックス。
心の中で唱えた言葉は、口に出てはいなかっただろうか。声に出ようと出なかろうと同じことだ。思い出した気持ちはエアリスに幸福と悲哀とを一度に味わわせていた。
たった一枚の黄色しか残っていない花を握って、エアリスはギュッと目を閉じた。目を開けていると、瞼から気持ちが流れ落ちそうだから。肩を震わせ、自分を抱きしめ、震えるエアリスの閉じた耳に、大きな音が響いてきてエアリスの身を竦ませた。
ドォオン、と、聞こえたのは幻聴だったのだろうか。ハッとしてエアリスが顔を上げると同時、ドサリとなにかが花畑へと落ちてきた。
教会の屋根の上にぽっかりと穴が空いていて、目をぱちくりと瞬かせたエアリスが下を見てみると、教会の床いっぱいに広がった花に囲まれ、一人の男が倒れこんでいるのが見えた。
エアリスは驚愕して、その場からすぐには動けなかった。息をするのも忘れてその様子を見ていたけれど、やがて我に返ったエアリスは、恐る恐る右足を踏み出した。パラパラと屋根から落ちてくる瓦礫と埃を浴びながら、その男は花を下敷きに声も出せずに寝そべっていた。
「ザック──」
口にしかけた名前を、エアリスはとっさに呑みこんだ。彼じゃないということが、すぐにわかったからだった。
同じようにソルジャーの格好はしているけれど、そこに倒れている男は猫のように柔らかな金色の髪の毛をしている。遠巻きに眺めてみると、それがいつか八番街ですれ違った男だと気がついた。
大丈夫か、怪我をしていないだろうか。エアリスは慌てて周りを見回し、そして自分がこの教会に独りでいたことを思い出した。息を呑んで喉を濡らすと、エアリスは握っていた花を離して、拳をギュッと握り直し、相手へと近づいていく。
「あの……」
この出会いは偶然じゃない。なにかが始まる予感がする。
八番街で見かけた時はそうは思っていなかったのに、花に埋もれた青年を見て、エアリスはそう確信していた。
「あっ! 動いた!」
下敷きにされた花がカサリと動いたのを見て、エアリスは胸の前で両手を合わせた。手を貸そうかとも思ったけれど、怪我をしてるかもしれない相手に無闇に手を出すわけにもいかない。
肘、膝、腕、足と、彼は少しずつ体を動かし、彼は自分が無事かどうか確かめているようだった。意を決して、エアリスは声をかけてみることにした。
「もしもし」
彼は、どこからきたのだろう。教会の上にはプレートがある。まさかそこから落とされてきたのだろうか。
頑張れ、頑張れ、と、エアリスは心の中で呟いていた。埃やすすで汚れてはいるけれど、彼の顔は男性にしては綺麗な方だとエアリスは思う。
エアリスの声が聞こえているのかいないのか、相手は反応しなかった。体は動いているのだから生きてはいるのだろうけれど、反応をしてくれないと無事かどうかわからない。
エアリスは指をほどくと、深く息をすいこんだ。花に囲まれた青年へ、エアリスは大きな声で呼びかける。
「もしも~し!」
痛そうに、眩しそうに眉を寄せていた青年が、ゆっくりと瞼を開ける。そこに煌めく瞳の色に、エアリスの胸がどきりと跳ねた。
魔晄の瞳、ソルジャーの証。彼と同じものが、この青年の双眸にも備わっている。
エアリスの思った通り、この時なにかが始まった。それはエアリスの期待以上に、予想以上に、唐突で濃密で鮮烈なものだった。