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明日に向かって賽を振れ
後味の悪い任務は、決してこれが初めてではなかった。レノもルードも、タークスなんて仕事をしていたから、これまで潜った死線の数も反吐の出るような経験も他の人間より多かった。
いつもなら『仕事は仕事だ』と割り切ることもできただろうが、グロテスクな情景とエゴイスティックな会社の体制、自分たちのどうしようもない無力さを痛感して、覚えたショックは未だレノの胸をむかつかせていた。それと同じ感情と不快感がルードの表情をも曇らせている。机に置かれたビールのジョッキを右手に掲げて、レノは言った。
「お疲れさん、と」
薄暗い居酒屋でもサングラスを外さない相棒が、ゆっくりとジョッキを掲げて乾杯した。それは慰労でもあって、そして葬別でもあった。尋常でない強さを誇り神羅の英雄とも呼ばれた男は、もはやこの星のどこにも存在しなかったから。
二人がニブルヘイムから帰ってきたのは、夕暮れと夜が重なる頃だった。焦げ臭い廃墟の中で夜通し作業をしていたせいで、タークスの鼻はすっかり馬鹿になっていた。
スキッフを返した後、他のタークスが出払っていたのをいいことに、報告書も書かないで二人は街に繰り出した。先に帰っていたはずのオレンジ髪の女タークスの姿はどこにも見あたらなかった。きっと彼女も、彼女なりの方法でこの夜を乗り切ろうとしていたに違いない。
「──どう思う?」
お通しとして出されたえびせんに噛みつきながら、レノはようやく核心に触れる科白を吐いた。
こんな時間でもミッドガルのスラムはなにかと騒々しい。小声で紡ぐ二人の会話は周りの人間の賑やかな談笑に簡単に紛れこんだ。
「──どのことだ?」
「あいつが、簡単に死ぬようなタマかよ、と」
ぽりぽりとえびせんを噛み砕き、乾いた口にレノはビールを流しこんだ。ふう、と、麦の香りのする呼気を洩らすと、レノは相棒の表情を窺った。
「魔晄炉に落ちたんだ、生きている方がおかしい」
「けどよぉ」
ルードの返答はレノにとっては期待外れのものだった。付き合いの長い相棒ならば、レノの気持ちを察して愉快な回答をしてくれるだろうと思っていたのに。
「あいつは、そう簡単に死ぬようなタマじゃないぞ、と」
髪を雑に結わえた若い女の店員が、二人の机に枝豆のカゴと皿を持ってきた。お待たせしましたぁ、と、猫なで声を出す彼女に向ける愛想は今宵は持ちあわせていなかった。
早速枝豆に手をつけるレノの真向かいで、ルードがジョッキを傾けた。殻入れにしゃぶった枝豆を投げつけると、ふ、と相棒が笑ったように感じて、レノは顔を上げた。
「素直じゃないな」
ルードの口許でビールの泡がしゅわしゅわと消えていった。彼の頬が和らぐのは久しぶりのような気がした。
レノは頬杖をつきながら乱暴に訊ねた。
「なにが?」
なんだか、口唇を尖らせてやりたいような気分だった。きっとこの相棒はこれから正解を言ってのける。レノにはそれがわかっていて、けれどそれがなんであるのか自分では未だ自覚できていなかった。ルードの低くて優しい声が自分を言い当ててくるのを、レノは眉を捻りながら今か今かと待ち受けていた。
「死んで欲しくなかった、と、言っているように聞こえる」
レノの目に、ルードの遮光レンズに浮かぶ自分の姿が映っていた。眼をハッと大きくしてしばらく固まった後、レノの目許の刺青がやがてゆっくり斜線を刻んだ。
くつくつと喉の奥から洩れる笑みを零しながら、レノは愉快な気持ちになってジョッキを傾け、ビールの喉越しを楽しんだ。
「確かにな」
同僚のタークスの中でも、レノにとってルードは特別な存在だった。配属が同時だったこともあって同じミッションにつけられることも多かったし、寡黙だけれど真面目すぎない彼の性情はレノを飽きさせることも苛立たせることも無かった。
つくづく、ルードは便利な男だ、と、レノは思った。彼は、誤魔化すことと欺くことを生業にしているレノの、自分でも忘れていた真実を探し当て、繋ぎ止める。
しかも決して不快ではなく、むしろ愉快な方法で。そういう相手は数少ない。もしかすると、この男にしかできない芸当なのかもしれない──、とは思いたくはなかったけれど。
「生きててくれりゃあ俺が殺してやれたのに」
歯の間から笑みを零しながらレノは言った。そうする間に唐揚げが運ばれてきて、レノは箸を割りながら、残念だぞ、と、と呟いた。
「やめとけ、勝ち目はない」
「わかんないぞ、と」
大粒の唐揚げを箸で挟んで、レノは相棒の皮肉に即座に噛みついた。ニヤニヤと笑って続けるレノの頬に、ぴりりとした痛みが走った。
「……今となっては」
小さく付け加えたレノの呟きは、賑やかな居酒屋の片隅からそう遠くまでは響かなかった。自分の吐いた軽口がぐるりと周って自分へと返ってくる。
事実、セフィロスはもう生きてはいないのだ。そのことを実感したレノの胸が、今再び思いがけない感情に襲われる。
悔しさと、悲しさと──、何故俺がこんなものを感じなければならないんだ。
苛立ちごと唐揚げをもごもごと呑みこむと、レノはそれを、ふう、と重いため息に換えて吐き出した。
乾杯をして、相棒の有り難みを痛感して、せっかくいい気分になってきたのに台無しだ。無性に舌打ちをしたくなった。遠慮の要る相手でもなかったから、レノは思う存分舌を鳴らし、スーツの中から煙草を探した。
制服のスーツのポケットの中で、ソフトのケースが潰れていた。中には二、三本が残っていて、座っていたレノの腰のカーブに合わせて緩い曲線を描いていた。
店員の運んできたチャーハンを取り分け始めるルードの前で、レノは煙草をまっすぐ伸ばし、火を探して再び服をまさぐった。煙草はあるのにライターが無いなんて、そんな話があってたまるか。ガスの切れかけた安いライターをどこかにしまっておいたはずだ。咥え煙草のまま火を探してポケットを叩いていると、何人かの男たちが店員に案内されて二人の脇を歩いていった。
「お飲み物お決まりでしょうかぁ?」
四人掛けの席についた彼らに店員が声をかける。『生を三つ』という短い注文を取り終えると、店員は厨房へと戻っていった。
三人はソルジャーだった。ここはミッドガル下部のスラム街で、大衆向けの安居酒屋だ。タークスとソルジャーが出くわしても別段珍しいことではない。
だからレノは気にせずに、顔を上げると近くの店員を探してきょろきょろと目を動かした。ライターを見つけ出すのを諦めて、他の客の忘れ物でも借りようと考えたのだ。
「それにしても……本当なのかよ、セフィロスさんが死んだって」
レノは、チャーハンを口に運ぼうとしたルードの手が止まったのを見た。それと同時、自分もポケットを押さえたまま静かにこくりと喉を鳴らした。
「セフィロスさんだけじゃない、ザックスさんもだ」
斜め後ろの席で始まった彼らの会話に、二人のタークスは耳をそばだてていた。いけない。仕事は終わったというのに、余りに疲れていたからか切り替えが上手くできていないのだ。
「ソルジャークラス1stが二人とも殉職って、笑えねぇよ」
「一体なにがあったんだろうな」
ビールの入ったジョッキを抱えて、店員が二人の脇を通り過ぎた。黙ったままのルードが食事を再開し、レノは小さく舌打って、火の点いていない煙草を灰皿に投げて捨てた。
「たかが魔晄炉の調査だろ? なんで死んだ、同時に二人も」
乾杯して宴が始まっても、彼らの話は続いていた。当然だ。こんなビッグニュース──明日には新聞で多くの人が知ることになるのだろうが──、話題にのぼらないほうがおかしい。
「モンスターが強かったんじゃねぇの」
「ソルジャーが弱かったとか」
酒が入っているからなのか、彼らの会話は冗談を交え始めた。それを聞いている内、レノはだんだんとむかっ腹の立ち始めるのを感じていた。そしてそのことに、対面で食事をするルードはしっかり気がついていた。
「……食べないのか?」
煙草を放ったレノの指が机の上をトントン叩く。そのテンポは徐々に早くなってきていて、レノはルードに応えずにビールのジョッキに手をかけた。
「セフィロスさんがいなくなったら、統括は誰になるんだ?」
聞くな、意識を呼び戻せ。無口なルードがせっかく話題を提供してくれたのだ。彼らの話を聞いてはならないとルードもちゃんとわかっている。
「噂じゃ、ハイデッカーの兼任になるらしいぜ」
「げ、マジかよ」
「どうせならスカーレットさんがよかったぜ」
ああ、食うよ、と呟いて、レノは笑おうとした。笑うのは苦手ではなかったが、今するそれはいつもよりもすこし歪になってしまう。
「めんどくせぇなぁ」
「でも、1stがいなくなったんだからチャンスなんじゃないか?」
「チャンス?」
まったく、うるさい連中だ。聞かないようにしているのに会話が耳に入ってくる。
いや、レノは気がついていた。自分が彼らの声を追ってしまっていることに。予感はしている、警告もされているのにそれでもなおやめられないのは、これが『仕事』でないからだ。
「俺たちにも、昇格の可能性があるってことだろ」
「おめでてえ奴」
相棒のよそった皿から飯を食うと、何の味もしなかった。少しベチャッとしたチャーハンはきっとまずいのだろうと思った。
「モンスターにやられるような奴が1stだったんだぜ。俺らが1stになっても不思議じゃないだろ」
戦争が終わってから、欠員を埋めるためソルジャー試験が行われた。レノやルードが探してきた荒くれ者が、試験を通って魔晄照射の施術を受けた。
戦争を知るソルジャーは、今はそんなに多くはない。英雄と呼ばれた男の実力を知らない者が、ああして大きな顔をしてこの街にのさばっている。
「ほんと、『英雄』が聞いて呆れるぜ」
賑やかな笑い声が響くと同時、レノの我慢は臨界点を突破した。米粒を噛み砕き、それをビールで押し流して、ゴク、ゴク、と喉を鳴らす。
飲み干したジョッキを置くと、レノは顎を濡らしたビールを右手で拭った。
「レノ」
これからレノがすることに、ルードは多分気づいている。どこまで予想しているのか、一部だろうか、全部だろうか。
だから止めてくれているのに、レノは取り合わなかった。その代わり、ガタンと立ち上がるのと同時に口隅を持ち上げ、言った。
「悪いな、相棒」
今度の笑みは、先刻よりも余程自然に浮かんできた。それを顔に貼りつけたまま、レノは灰皿に指を伸ばした。
捨てたばかりの煙草を拾い、口唇の端に乗せる。なんだかそのまま鼻唄でも口ずさみたい気分になった。
ルードはレノをじっと見上げて、そうしてため息を洩らした。レノは彼に背中を向けると、そのまま近くの席にいたソルジャーたちへと近づいていった。
「よう。お疲れさん、と」
急に話しかけられたことに、彼らは驚いたようだった。上向く彼らの瞳には剥き出しの警戒感が滲んでいた。しかしそれも、レノの服装を確認すると、す、と薄れて消えていった。
「火、あるか? よかったら貸してほしいぞ、と」
くたびれた煙草を咥えて、口をニヤつかせてレノは言った。一番手前にいたソルジャーが、ああ、と頷きズボンのポケットを探り始めた。
三人は、どれもレノの見たことのない顔だった。タークスとミッションに行くこともないような下等ソルジャー。
そんな奴らに、【彼】を、【彼ら】を馬鹿にする権利はない。会社の方針に逆らっても正義にもとっていたとしても、奴らは確かに間違いなく戦士(ソルジャー)であったから。
「うが──ッ」
「てめぇ、なにするんだ!?」
手前のソルジャーが机に突っ伏し、ビールが盛大に倒れて零れた。向かい側にいたソルジャーが声を荒げて、レノはハッとして目を瞬かせた。
ああ、自分は殴ったのか。ソルジャーを、持っていたアルミ製の灰皿で。
自分のしたことではあったし、しようとも思っていたことだ。だから驚いたのは、本当にしてやったということについて、だ。
「お前ら、鬱陶しいぞ、と!」
店の中で大声を出しても、酔っ払い同士のいざこざなど店は慣れたものだろう。もしかしたら出禁になるかもしれないが、ミッドガルのスラムには居酒屋なんて山ほどある。
灰皿を放り出すと、今度はレノは自分の拳で立ち上がろうとするソルジャーを殴りつけた。向かいの席の男がレノを止めようとしたけれど、ルードが彼の襟首を掴んで動けなくさせていた。
レノは愉快な気持ちになった。胸のすく思いもした。声に出せずに燻っていたわだかまりを発散するため、握り締めた拳を揮って暴力に訴えた。
夜中の狭い居酒屋に、ソルジャーとタークスの喧嘩を止められる者などいない。彼らは互いに顔が腫れて立っていられなくなるまで、思う存分声をがならせ、殴り、蹴飛ばし、噛みついた。誰が呼んだか、その内強面のムッキーがやってきて、暴れていたレノたちは店の外へとつまみ出された。
その頃になると流石にみんなフラフラで、外で続きをするだけの体力は残っていなかった。ボロボロになったソルジャーが負け惜しみを吐き捨てて、レノはその背中に向かって中指を立てて唾を吐いた。
五人分の会計をして、一番軽症であったルードが神羅宛の領収書をポケットに突っ込んだ。サングラスの位置を直し、汚れを払って襟を正すと、ルードはレノを背中に担いで夜の街を歩き始めた。
終電は過ぎていた。上の街に戻るには朝の始発を待たねばならない。相棒の背中で揺さぶられながら、レノは酔っ払いらしい息を吐いて黙って目を閉じていた。
全身に出来た怪我がジンジンと熱さを放っていて、それを感じていることは気持ちが良いとレノは思った。それはレノが生きている証であったし、この日、燃え落ちたニブルヘイムでなにもできなかった事への精算ができた気もした。
それは明らかに自己満足で、八つ当たりでしかなくて、犠牲となったソルジャーにも巻き添えにした相棒にも申し訳なくはあったけれど。
道中ルードはなにも言わずにレノを背負って夜の街を歩き続けた。彼はどこに連れて行ってくれるだろうか。別に今夜は、眠れるならばどこだって良かったけれど。
鼻がなんだかムズムズして、奥に溜まった鼻血のせいだと気がつくと、レノは重い右手を上げて鼻を摘み、それを拭って払い捨てた。背中で蠢くレノをごそりと担ぎ直すと、ルードはまた黙ったまま歩き出した。
「怒らねぇのか?」
沈黙がつまらなくなり、レノは相棒に問いかけた。
寝てはいないし生きてもいるが、自分で歩くつもりはない。そう相手に伝えるようにルードに体重を預けたまま。
「後悔してるのか?」
ぼそりとルードが呟いて、レノはぱちりと瞬きをした。ここからでは相手の表情は見えないが、それはきっと相手も同じで、けれどきっと予想通りの顔をしているのだろうと思った。
「全然だぞ、と」
「俺もだ」
意外と言えば意外だったし、やはりと言えばやはりな返答。この男は紛れもなくタークスで、そして紛れもなくレノの相棒だったのだ。
「いい気味だった」
ルードがそう言って笑ったのを、レノは感じた。するとなんだか堪らなくなってきて、レノはルードの背中の上で夢中で相手に抱きついた。
「ッおい、落ちるぞ」
ルードは少し慌てた様子で、その場でなんとか踏ん張った。
大の男がそれより図体の大きな男におぶさって、我儘な子供のようにその首にギュッとしがみついている。端から見たらおかしな構図だとは思うが、酔っ払いのすることだと目を瞑ってくれるだろう。
「もう一発くらい、殴っておけばよかったぞ、と」
そう言って歯を見せると、レノはその合間からキシキシと笑みを鳴らした。後ろへ振り返ったルードの目が、サングラスの枠外からレノを見つけて細まった。
過酷な肉体労働に長時間の移動、加えて場末の居酒屋での大乱闘のせいあって、体はボロボロ、精神もクタクタでヒットポイントは枯渇している。けれどそんな状況が二人を興奮させていた。タークスを滾らせることができるのはいつだってヘビーなミッションとハードなシチュエーションだったから。
「まだ暴れ足りないのか?」
「全然足りないぞ、と」
口許を釣り上げて訊ねるルードに、レノは答えた。相手の首に巻いた腕をそっと緩めて、相手の背中で背伸びをすると、顔を耳許に近づける。
「ほら。わかんだろ、相棒」
目許の青を緩ませながら、レノは洩らす呟きにアルコールを匂わせた。自分を背負う男の腰に腹の下にあるモノを擦りつけ、反射でビクンと震えたのはどちらの方だっただろう。
スーツの中で、下着の裏を押し上げているモノがある。いつの間にか硬くなっていたソレは、しっかりと反り返って相手の腰に食いこんでいる。
コレがなんだか、ルードにはきっとわかっているはずだ。男同士なのだからわからない方がおかしい。
血が騒ぎ、体の中が熱くなって背筋が寒くなってくる。胸を背中に押し当てて腰をカクカク動かして、立ち尽くしている男の耳にねだるように囁いた。
「冷めないうちに、イイトコ連れてってくれよ、と」
こんな甘えた声を出す相手はいつも決まっている。ルード相手に遠慮はいらない、躊躇だってしなくていい。後腐れも無い、面倒でも無い、男同士なのだから。
愛情だとか同情だとかそんなものは必要ない。ここにあるのは扇情されたただの情欲なのだから。
だがどうせなら、思い切り楽しめた方がいい。恥も外聞も相手への思い遣りだって忘れて、飽きるほど呆れるほど貪り尽くせた方がいい。
「レノ」
「ん?」
「勃った」
「あ?」
渋い声で呟くルードに、レノは間抜けな声を出した。聞き間違いかと思ったが、ルードはそのまま口を噤んで顔の筋肉を強張らせていた。
いつもルードを揶揄う時、サングラスの向こう側で相手の瞳が揺らめくのが、肌の色が変わるのを見ているのが面白かった。けれど今夜のルードは違って、切迫した表情で一点を見つめている。彼をそんなにさせるくらい差し迫った情欲は、彼のただでさえ大きなモノをどれだけ滾らせているのだろう。
「ふっくっく……ッ」
そう思うと、笑い声が零れるのを堪えることができなかった。腹筋がぴくぴく動いて体が勝手に揺れてしまう。
大声で笑いたかったが、それは流石にルードに悪い。彼は今更顔を赤くし始めて、両手の塞がった状態でずれた眼鏡を直せずにいるところだった。
「降りてくれ」
「やだね。歩くのめんどくさいぞ、と」
レノはそう言うと、ルードの首に再び両手でしがみついた。背中を丸めて膝を曲げて、腰を足で抱き締めると相手の体がぐらりと揺れた。
「おい、落とすなよ、と」
軽口を叩いたけれど、レノは降りてやる気はなかった。仕方がない、と言うようにルードが軽くため息をついて、レノを落とさないようにずるりと上へ抱え直した。
ルードの大きな掌が、腿と尻の間を掴む。しっかり包まれているのを感じて、レノは陶然と瞳を伏せた。
ニブルヘイムでの出来事が気にならなくなったのは、たっぷり暴れたせいじゃない、都会の夜風のせいじゃない。酒でも飯でも人でもなくて、きっと性急な肉欲のせいだ。
なんて滑稽なんだろう。ばかばかしい、これが生きると言うことか。そう思うと笑えてきて、レノはルードの背の上でくつくつ笑って肩を揺らした。
「……………」
動くな、とも言わないで、ルードはゆっくり歩いていった。その振動が心地が良くて、もどかしいとレノは思った。
二人のソルジャーが死んだ。それから大勢の罪のない人たちが死んだ。
けれど、自分は生きている。酒を飲み、飯を食い、無駄なセックスだってする。
これ以上の傲慢で罪悪があるだろうか。それをすることの背徳に勝る刺激があるだろうか。
こうして明日も俺たちは、醜くしぶとく生きていく。せめて楽しく生きたけりゃ、明日に向かって賽を振れ。