軌跡<10>

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 二度の襲撃を受けて、神羅ビルの受けたダメージは軽微ではなかった。その間のビルのセキュリティは全て、治安維持部門に一任された。
 ソルジャーたちは外の敵の鎮圧に借り出され、留守を守る神羅軍の業務は増える一方だった。
 クラウドは、30時間勤務を経て疲れきった体をベッドに投げ出した。重くシーツに沈む体には、もうどんな力も入りそうにない。制服を脱ぐのも億劫で、クラウドはうつ伏せのまま眼を閉じた。
 ここ暫くは、忙しさに翻弄されるばかりでなにも考える暇がなかった。その間封じていた思考が漸く開放されて、様々な考えが疲弊しきったクラウドの脳裏を鈍く駆け巡った。
 あれからセフィロスに会っていない。あの時、セフィロスはジェネシスとアンジールを追っていった。その後はどうなったんだろう。
 ジェネシス軍の襲撃で、敵の存在が明確になった。軍にはジェネシスとアンジールの掃討命令が出されている。ソルジャーが何故神羅を襲うのだろう。セフィロスでさえ倒せない相手に、軍が敵うのだろうか。
 そもそも、セフィロスは二人と闘ったのだろうか。二人をセフィロスが逃がしたなんて噂も流れている。
 セフィロスは、一体何を考えてるんだろう。ソルジャーって一体なんなんだ。
 俺はソルジャーになれるのだろうか。
 そういえば、ちっとも強くなった実感が沸かない。宝条博士の実験は、失敗だったのだろうか。
 いつの間にか、クラウドは眠ってしまっていた。疲労の蓄積された体がまず動かなくなって、懸命に動いていた思考が段々と微睡みに溶けていった。
 クラウドは自分が眠っているのだと気づいていた。疲労困憊しているにも関わらず、どこかで意識が働いていたのかもしれない。
 薄れゆく意識の中で、一匹の獣が唸り声を響かせていた。ミッドガルにいる者ならよく知っている。青い毛並み、しなやかな肢体、後頭部から伸びる触手……ガードハウンドだ。
 神羅の軍用犬がなぜ夢に出てくるのか。それは尖った牙を光らせて、クラウドに近づいてくる。唸るような鳴き声を轟かせながら、襲撃のタイミングをはかっている。
 クラウドは対抗するため武器を探そうとした。けれど、眠っている体は動くはずもなく、硬直したままだ。
 夢の中で、鋭利な牙がクラウドに剥かれている。逃げることもできず、武器も持たない少年は、モンスターの前に成す術も無い。
 その生き物はしなやかに飛び跳ねると、クラウドの喉笛めがけて間合いをつめ、飛びかかってきた。瞬間、クラウドは無我夢中で剣を振り上げた。
 飛び起きたクラウドは、荒い呼吸に胸を細かく上下させていた。なによりも、自分の行動に驚いた。
 上半身を寝台から起こし、クラウドは汗ばむ自分の両手を見下ろす。その手は、夢の中で確かに、背中から取り出した剣を握り締めていた。
 剣など、入隊研修のときにしか触っていない。あとは銃撃の訓練ばかりで、実戦でもクラウドは専ら機関銃を使用していた。
 にも関わらず、剣を握り締めた感触がその掌にははっきりと残っている。その重み、モンスターを切り裂いた瞬間の衝撃が、ありありと刻まれている。
 しかも、その夢は夢と呼ぶにはあまりにも現実的で…それはまるで、記憶が反射的に呼び出されたような、馴染みの深いものだった。
―― 一体、何故……。
 自問するクラウドは、ふと窓の外へと視線を向けた。
 夜はまだ深く、魔晄炉のサーチライトが曇った空を照らしている。ミッドガルの中心にある神羅ビルは、夜も知らずにまだいたるところに明りを残している。
 クラウドはベッドを抜け出した。軍服姿の少年の駆け足が人気の無い廊下に響く。
 手に残る感触、その正体を確かめようと、クラウドは息を切らせて、神羅ビルへと急いだ。



   ■   ■   ■



 執務室の机にあって、セフィロスは冷め切ったコーヒーに口唇をつけた。
 デスクに無造作に置かれた携帯が鳴っている。ウータイ残党の掃討、テロリストの鎮圧、地方都市に沸いたモンスターの群れの調査。つまらないミッションばかりがセフィロスの携帯を埋めていく。それらの対応だけでセフィロスのスケジュールは既に当分先まで一杯だった。
 ジェネシス軍も僅かに動きを見せているようだが、それらの任務は全てもう一人のクラス1stに押し付けた。ラザードとの交渉により、セフィロスは神羅カンパニーの重要機密を保管した資料室へ出入りする権利と引き換えに、瑣末なミッションを数多くこなさねばならなくなっていた。
 昼間はミッションに出かけ、帰還してからは資料室にこもって古い情報をあさり、持ち帰った資料をこうして執務机で分析し、調査する。
 主な検索項目は決まっていた。<プロジェクト・G><G系ソルジャー><古代種>。
 しかし、多くの資料は既に持ち出されてしまっており、核心に触れるような情報は残されていない。どの資料を参照しても、同じようなあたりさわりのない言葉が羅列されているだけだ。
 小さく唸るモニタを睨むように見つめながら、セフィロスは小さくため息をもらした。
 革張りの椅子の背もたれに深く背を凭れて眼を閉じると、眉間を擦るように押さえる。閉じた瞼の裏に、モニタのチリチリとした光が燃えている。セフィロスは、夜の闇に去った二人のことを思い出していた。
 片翼を広げ天を翔ける二人は、どうしているのだろうか。あの夜、セフィロスは二人を追わなかった。モンスターのように、彼らを滅ぼすことなど、セフィロスにはできなかった。
 彼らが既に人でなくなってしまったことは重々承知している。しかし、かつてのあの頃のような空気を感じることができたから、尚更だった。
 二人の劣化を抑える方法はあるのだろうか。いくら書類をあたっても、実験データ結果を参照しても、その方法はわからなかった。
 古代種……星を読み、星と語ることのできる種族。ソルジャーにとっては馴染みの深い魔法の力も、古代種の叡知のもたらす技だ。セフィロスは、執務机の上に無造作に転がす、とあるマテリアを手に取った。
 部屋の灯りを集めて、それは緑色の柔らかい光をぼんやりと放っている。支援系のマテリア特有の輝きだ。見ているだけで心が安らぎ、触れて掴めば疲れが癒されるような錯覚さえ覚える。
【このマテリアを君にあげよう】
 彼は、そう言い残した一週間後に、いなくなった。
【君なら、使いこなせるかもしれない】
 彼の言葉通り、セフィロスはそれから幾年も経たぬうちに、その球体から古の魔法を呼ぶことができるようになっていた。彼は……ガスト博士は、そのフルケアのマテリアをセフィロスに託し、姿を消した。
「………下らん」
 他に人のいない執務室に、セフィロスの呟きが響く。マテリアを握りしめるグローブが、キュッと軋む音をたてた。
 解っていたはずだ。憂う自分を恥じて、セフィロスは愚考を否定する。
 俺は独りだ。
 母は俺を見捨てた。父は俺から母を奪った。親と慕う人もいなくなった。友は敵となり、やはり俺は独りだった。
 俺は独りで、人は独りだ。解っていたはずだろう。
 そう言い聞かせても、深夜の孤独な部屋で、巡る思考、溢れる想いを塞き止めることができなかった。彼らを憎み、恨み、刃を振り上げることができなかった。それ以上に、ただ、哀しかった。
 端末からログアウトすると、モニタは神羅のエンブレムの回遊するシンプルな画面に切り替わる。マテリアを持ち、セフィロスは立ち上がった。
 大股に闊歩する足はセフィロスをエレベーターホールに運ぶ。向かう足は、ただ休むためだけにある自室へと向かっていた。
 待ち受けていたかのようにエレベーターはすぐに彼を迎え入れる。握りしめるマテリアをコートのポケットに仕舞い込むと、セフィロスは嘆息した。
 多忙な毎日にあって、人間と言うものは直ぐに無駄な思考に囚われる。神羅の英雄たるソルジャークラス1stにとって、それは邪魔でしかなかった。つくづく厄介だ、と、彼は苦笑を溢す。チン、と音を立てて扉の開いた先には、待ち受ける人影があった。
 こんな深夜にエレベーターを利用するとは、熱心なことだと感心する。しかし、降りようと足を踏み出すセフィロスは、驚愕に思わず歩みを止め、息を呑んだ。
 金髪を乱し、息を弾ませてそこにいる少年は、見知った彼だった。
「セフィロス…!?」
 驚愕したのはセフィロスだけではなかったようだ。宝石のような碧の瞳を瞬かせ、彼はその場に立ち尽くす。
 思わず敬称を忘れたのは、かつて彼がそう呼べと命じたからではないのだろう。ただ、突然の遭遇に驚き、その名を口に出さずにいられなかったのだ。
 不敬をセフィロスは咎めようとはしない。自分も思わず、クラウド、と、その名を口に出すところだったからだ。
 これはどんな偶然だろうか。互いに驚きに足を踏み出せずにいる二人の間で、時間を過ぎたエレベーターの扉が自然と閉まろうとする。
 それを妨げ、セフィロスは狭い箱を降りた。道をあけようとするクラウドが一歩退く。見れば、彼はマスクもかぶらず、髪も整ってはいないようだ。疲労を滲ませる少年に、尋ねるセフィロスの後ろで、エレベーターの扉が閉まった。
「遅くにどうした、忘れ物か?」
 揶揄を含めたその問いに、彼は答えようとはしない。ただ、その眉間に皴を深く刻み、伏せた睫毛を揺らす少年は、動揺しているように見えた。
 その理由をセフィロスは知る由もない。当人でさえはっきりと理解してはいなかったのだから。
「いえ…、なんでもないんです」
 緩く首を振るう彼は要領を得ない。どこか不審な様子の少年を見下ろして、セフィロスは続けてたずねる。
「…どうした?」
 セフィロスの手がゆっくりと伸びる。その指先が、彼の肩に触れぬうちに、クラウドは顔を上げた。
「あの…」
 なにかを言いかけた少年の膝が崩れ落ちる。急によろけた少年を、反射的に抱き留めた。
 力の抜けた細い体は、屈強なセフィロスの両腕に容易におさまった。ただ、急に倒れこんだクラウドをその腕に抱えたセフィロスは、更に訝しんで眉を顰める。
「おい、クラウド」
 しなだれかかる少年の名を呼ぶけれど、反応はない。抱き起こした彼は、セフィロスの懐中で静かに意識を失っていた。
「……なんなんだ」
 思わずセフィロスが呟いたのも無理はない。深夜の神羅ビルは、昼間ほどの人口はないものの、あの騒動以降、警備配置されている兵士も少なくはない。エレベーターホールに現れた英雄が、その腕に一般兵を抱きかかえているその構図は、巡回の兵士に驚きを与えるに十分すぎるものだった。
「サー・セフィロス、如何されましたか?」
 銃を抱えて駆けつけてくる兵士に、セフィロスは顔を上げた。如何したかなど、聞きたいのはセフィロスの方だった。
 端正な顔を厳しく顰めて、セフィロスは答える。
「問題ない」
「しかし…」
「持ち場に戻れ」
 クラウドを肩に抱えるのは、これで二度目だ。有無を言わせぬ物言いに、警備兵は思わず軍礼を返し、道を開けた。
 ともかくも、この状況をなんとかしなければならない。セフィロスは小さくため息を漏らすと、クラウドを担いだまま歩き出した。



   ■   ■   ■



 優しい光に包まれて目を覚ますと、傍らにはセフィロスがいた。慌てて起き上がろうとするクラウドは、眩暈を感じて小さく呻く。
「無理をするな」
 上体を起こそうとしたクラウドの肩を軽く押し、セフィロスは落ち着くようにと促す。だんだんと意識が晴れて、クラウドはここがどこなのかをようやく理解した。
「その様子だと、大分疲れていたようだな。神羅はどのセクションでも人使いが荒い」
 そう言って微笑むと、セフィロスは寝台から腰を浮かす。素肌にシャツだけを羽織る格好は、普段の装いとはまた違った柔らかな印象を彼に与えている。グラスに入った水を持って戻ってくるセフィロスに、クラウドは申し訳なさそうに瞳を伏せた。
「…すみません、ご迷惑を、おかけしてばかりで」
「お前は、ビルで寝る癖があるのか?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「その割りに、そういう場面によく出くわすな」
 透明なグラスを差し出すと、セフィロスは揶揄い、目を細める。返す言葉もなく、クラウドはグラスを受け取った。
 妙な夢を見たせいだ。疲労困憊のクラウドは、なにかに駆り立てられるかのように神羅ビルへと向かった。手に残る剣の感触を、確かめたかった。その途中に偶然セフィロスに会って、どうやら情けなくも、体力の限界を迎えてしまったらしい。
 両手でグラスを包むと、掌から伝う冷たさが心地よい。再び寝台に腰を落ち着けたセフィロスの手には、薄い色の酒の入ったグラスが握られている。鼻先をくすぐるその香りに、クラウドの視線は自然と彼の手にとどまった。
「片田舎の地酒だ。林檎で醸造したものらしい」
 その視線に気づいていて、セフィロスが説明する。見つめていたのを知られたのだと、僅かな羞恥がクラウドの胸をざわめかせる。
 再び視線を伏せるクラウドを見守り、セフィロスは微かに笑みを漏らした。
「…酒は、飲まないんじゃないんですか」
「たまにはいいさ」
 くい、とグラスを傾けると、セフィロスの掌の中で氷がカランと音を立てた。
 元々、セフィロスは自分の領域に他者の介入を許さない性質である。にも関わらず、二度も彼を受け入れたのは、自分のことながら珍しいものだとセフィロスは思う。
 セフィロスは、今夜この少年と出会うまで自分を束縛していた愚かしい思考の薄れたことを実感して、常の平静を取り戻しつつあった。いや、平常の心境とはまた違う。少しだけ穏やかで、くすぐったいような気分だ。
 遭遇する回数が増える度に、この一般兵はセフィロスに新しい何かを齎す。その変化は恐れるほどのものではない、むしろ心地のいいものだった。
 馴染みの薄い部屋にあって、どこか落ち着かない様子のクラウドへと、セフィロスは声をかける。
「具合はどうだ」
 顔を上げた少年は、自分の体が軽くなっていることにようやく気づいた。先ほどまでは僅かな力を入れることも億劫であったのに、その体は自然に動くほどに回復している。
「ソルジャーになりたいのなら、自分の体調管理くらいは自分でするんだな」
 目覚める時、クラウドは自分が柔らかな光に包まれるのを感じていた。その感覚には覚えがある。先日の、ジェネシス軍襲撃事件のとき、彼が放った魔法の力。それの効果なのだと理解して、クラウドは再び、小さく呟く。
「すみません」
「謝らなくていい」
「……ありがとう、ございます」
 ぎこちなく謝意を述べる少年に、セフィロスの口唇から笑みの吐息が漏れる。けれど、クラウドの心はあまり晴れ晴れしくはなかった。
 また、助けられてしまった。申し訳なく思う気持ちと、自分を不甲斐なく思う気持ちが感謝に勝って、居た堪れない。
 共に戦線を張ったあの時は誇らしい気持ちでいっぱいだったというのに、セフィロスとの接点が増えるほど、卑小な自分を憎らしくさえ思う。強く握るグラスの中で、水が跳ねた。
「なにが、いいですか?」
 唐突に口を開いたクラウドに、セフィロスは尋ねるように視線を向けた。なにがだ、と、問うようなその瞳に、クラウドは慌てて付け加える。
「あの、お礼の話です」
 思っても見なかった言葉に、セフィロスは思わずこぼす笑みを隠すことが出来なかった。くつくつと喉を鳴らしてこちらを見るセフィロスに、何故か恥じらいに顔が熱くなるのを感じていた。
「礼をされる程のことなのか?」
「いえ、これで…三度も助けて頂いたので」
「律儀な奴だな。回数、わざわざ数えていたのか?」
「…貸しを作ったままにするのが、嫌なだけです」
 熱くなった顔を隠すように、クラウドは与えられた水を煽った。揶揄するような口振りに、思わず無礼な発言をしてしまった。
 怯えるように見上げる視線の先で、セフィロスはしかしその会話をまるで楽しんでいるかのように笑みを浮かべていた。
「口先だけは一人前だな。一般兵がソルジャー相手に、貸しもなにもないだろう」
「しかし…」
「それでもと言うなら、さっさとソルジャーになってみせろ」
 クラウドには、返せる言葉がなかった。どうしようもなく、自分は弱いのだ。いくら強がったところで、強くなりたいと願ったところで、弱い自分に違いはない。
 悔しさが広がって、心の苦味にクラウドは眉を寄せた。空になったグラスを両手で握り締め、少年は尋ねる。
「セフィロスは、どうして…ソルジャーになったんですか」
 セフィロスの手の中で、融け始めた氷が踊る。重い沈黙に、聞いてはいけなかったのだろうかと、クラウドは彼の横顔を盗み見た。
 寝台の柔らかいスーツに片手をついて、軽く持ち上げたグラスを見下ろすセフィロスは優雅に座す。軽装であるから尚更、その薄い生地の下に鍛え抜かれた体が生えているのがわかった。
 ふ、と呼気を漏らして、セフィロスは笑った。
「さあな。なりたいと願った覚えはない。お前よりももっと幼い頃から、俺はソルジャーだった」
 そう言うと、セフィロスは融けた氷に薄くなった酒を飲み干す。喉を焼く酒の芳しい林檎の香りが、二人の間に広がっていった。
「そういうお前は、どうなんだ?」
 クラウドへと振り向くセフィロスの頬を、さらりと長い前髪が流れる。
「お前は何故、ソルジャーになりたいんだ」
 弱い自分が、再びそれを口に出すことは憚られた。稚拙な叶わぬ夢だと嗤われることを覚悟して、クラウドは吐き出すように呟いた。
「強く、なりたいからです」
「何故」
「…別に、なんだっていいじゃないですか」
「聞かせろ」
 セフィロスの言葉は、拒否や逃げを許さない。顔を上げると、魔晄色に染まった瞳がクラウドをまっすぐに見つめていた。
 この少年は、今までセフィロスが接した誰とも違っていた。
 特別の能力があるわけでもない。ただすれ違うだけであれば、他の雑兵となんら変わらない少年である。
 ただ、彼が他の多くと違うのは、その胸に燻る野心があるからだと思っていた。その根拠がどこにあるのか、なにが彼を駆り立てるのかを、知りたいと思った。
 ただ真っ直ぐに、自分を見つめる瞳は、不思議な色をしていた。それは、ソルジャーだけに許された魔晄の輝き。透き通った蒼碧色のそれに、細い瞳孔が煌いている。
 綺麗な色だと、クラウドは素直にそう思った。そして、それと同時に、自分の奥深くまでをも見透かされそうで、クラウドは視線を反らす。
――弱いのは、嫌いだ」
 クラウドの口唇から零れた言葉に、セフィロスの瞼がピクリと動いた。
「弱いと、守りたいものも、守れない」
 あの時の、あんな思いは、もううんざりだ。なにもできなかった、誰も救えなかった、あんな悔しさは懲り懲りだった。
 見下ろすと、クラウドのグラスを掴む指が震えているのがわかった。セフィロスの裸の指がグラスを掴む。はっとして、クラウドは顔を上げた。
 弱い者の思惑など、英雄と謳われるセフィロスは知る由もなかった。今まで、知ろうともしていなかったのだろう。
 悔やんでいるのだ、ということは、セフィロスにもわかった。けれど、何故悔やんでいるのか、なにが悔しいのかは、セフィロスにはわからなかった。
 クラウドの手からグラスを拾うように奪うと、セフィロスは立ち上がる。二つのグラスをキッチンへと運ぶ彼が、ふと笑った。
 その呼吸に気づき、クラウドは再び、顔を熱くした。嗤われたのだと思った。今まで誰にも明かしたことのない自分の奥深い部分を、一番知られたくない相手に晒した結果、嗤われたのだと。
「な……ッ」
 シンクに二つのグラスを並べ、彼は笑みを殺しきれずに肩を揺らしている。恥ずかしさとやり場の無い憤りに思わず声を挙げるクラウドに、未だ笑みを絶やせないセフィロスは振り返り、軽く首を振った。
「いや、すまない。お前を嗤ったわけじゃない」
「……」
 恨むように睨む少年へと近づきながら、セフィロスはその腰に手を当て、笑みを零す口許を押さえた。
「可笑しいのは、俺の方だ。まさかこんな、説教じみたことをするとはな」
 訝しそうに眼を細めるクラウドに、彼は続ける。
「あいつの癖が伝染ったか」
「…あいつ?」
「アンジールだ」
 答えに、クラウドははっとする。
 あの日、二人を追いかけて、セフィロスはどうしたのだろうか。胸に燻っていた問いが再び燃え上がって、それを問いたい衝動がクラウドを駆り立てる。
「……あの…」
 口唇をひらきかけたクラウドの前髪を、セフィロスの伸ばした指がくしゃりと撫でる。クラウドは驚きに眼を見開いた。セフィロスに触れられるなどと、思ってもみなかったからだ。
「もう休め。明日は叩き起こすぞ」
 そう言って微笑むセフィロスは足を退く。彼の髪を乱していた指をゆっくりと抜くと、彼はソファへと歩き出す。
「あの…セフィロス…ッ」
「俺はこっちで寝る。じゃあな」
 言いかけた言葉はセフィロスに阻まれた。行き場を失った言葉を飲み込んで、クラウドは口唇を噤んだ。
 セフィロスはクラウドに顔を向けることなく、その長身を革張りのソファに横たえる。彼の姿が背もたれに隠れて見えなくなって、クラウドは寝台の大きさに対して小さな身をシーツに横たえた。
 シーツの中で、クラウドは眼を閉じても、一向に眠ることができずにいた。離れた場所でソファに寝転び、天井を仰ぐセフィロスも、それは同様だった。
 セフィロスと話したいこと、聞きたいこと、知りたいことはあるのに、それを口に出すことができずにいた。先刻、クラウドを悩ませた妙な夢のことなど、気にならなくなっていた。眠っていないのだということを相手に気づかれないように、クラウドは息を潜めるのに必死だった。
 セフィロスは、一体何を話したいのか、聞きたいのか、知りたいのかが、よくわからなかった。それをわかってしまえば、もう二度と、剣を振るうことができなくなってしまうのではないか。そんな予感が彼を沈黙させていた。
 二人の間に流れる違和感を埋めるような重い静けさが、朝の光に部屋が白むまで、この空間に沈んでいた。