It's a wonderful life.<11>

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 ボムは、なかなかすばしっこい動きをした。彼らは丸い体をゆさゆさ揺らし、駆けつけてきたザックスに、勢いよく体当たりをしかけてきた。
 目の回りが黒く焦げた、凶悪そうな三つの顔。すんでのところで直撃は食らわなかったが、彼らがニブル山の主は、山を荒らす愚かな人間たちをぐるりと取り囲んだ。
 ザックスは、後ろにいるティファと子供たちに被害が及ばぬよう、モンスターを睨みつけ、威嚇と警戒を迸らせた。
「随分なお出迎えだぜ…!」
 噛み締めるように呟くと、ザックスは両手で剣を握り直した。このボムこそが、ニブルヘイムの七不思議に数えられる恐ろしいモンスター。しかし、恐ろしいのは顔だけで、強さも攻撃パターンも、他のボムとさして変わらないようだった。
 ボムは、炎の塊だ。迂闊に近づけば燃やされてしまうし、かといって敬遠し、爆発されても面倒だ。
「ザックス、逃げましょう!?」
 後ろで、ティファが大きな声を出した。怯えて震える子供たちに寄り添いながら、不安そうな顔でザックスに訴えかける。
「大丈夫、まかせとけって!」
 ザックスは、いつも通りの笑顔で応えた。緊迫した空気を壊す、朗らかな笑み。それを見たティファの声は、引き止める言葉を失った。
「かかってこい!」
 ザックスの挑発に応えるように、化け物たち唸り声が響いた。立ち向かうザックスの鍛えられた体躯、躊躇いのない振る舞いに、ティファはごくりと息を呑み、子供たちを強く抱き締めた。
 勢いよく地面を蹴ると、ザックスはモンスターとの間合いを一気に詰める。問答無用で斬りかかると、奴らが呻ている隙に背後へと回りこむ。
 無防備な背中に連続攻撃をお見舞いすると、一匹が落ち、残るモンスターは二匹となった。
「ティファ、そこを動くなよ!」
 ザックスは声を張り上げた。ティファは驚き、忙しなく瞳を瞬かせた。とっさになにも答えられず、彼女はただ、こくこくと頷いた。
 ティファは、ソルジャーの強さを初めて目の当たりにしていた。話には聞いていたけれど、これほどのものだったとは。
 もしかしたら、師匠よりも強いかもしれない。強く握りしめたせいで、くしゃくしゃになってしまった男の子の背を撫でて、ティファは言った。
「もう大丈夫よ」
 それを聞いて、頭を抱えて怯えていた子供たちが、恐る恐る顔を起こす。ティファが微笑うと、彼らは驚いた顔をして、ザックスの戦いぶりを目で追った。
「うりゃっ、はっ、そーれッ!」
 ザックスは、軽快に剣を振りまわした。守る者がいる、見ている人たちがいると、戦闘にも俄然気合いが入る。
 七不思議だかなんだか知らないが、ソルジャーが野生のモンスター相手に手こずるなど、あってはならない。ティファを、子供たちを安心させるためにも、失敗は許されない。
 爆発を邪魔され、体力を削られて、ボムはもうふらふらだった。一匹が倒れ、残る一匹もしょぼしょぼと小さくなった。
 そのタイミングを見計らい、ザックスはバスターソードを振りあげると、渾身の一撃をお見舞いする。
「おしまい!」
 ザックスの痛烈な攻撃を浴びて、モンスターは憐れな金切り声をあげ、後ろへと仰け反った。その拍子に、ボムは大きく口を開けると、なにか光るものを吐き出した。
「みんな、やっつけちゃったの!?」
「すげーな兄ちゃん!」
 女の子も男の子も、目を輝かせて、ザックスを称賛した。得意げに剣を回して背中に担ぐと、ザックスはあたりを見回し、キラキラ輝く金のカケラを拾い上げた。
 指先で摘んだそれを、様々な角度から観察する。なるほど、珍しい。七不思議に数えられることはある。
 村に戻って、あの少年にも見せてやろう。そう思って、ザックスがぎゅ、とそれを握りしめたところで、ティファが大きな声をだした。
「どうしてこんな無茶したの!?」
 ザックスが振り返ると、ティファは腰に手を当てて、子供たちを怖い顔で見下ろしていた。
「子供たちだけでニブル山に入っちゃダメって、みんなに言われてたでしょ?」
 子供たちは、すっかり委縮してしまっていた。顔を伏せ、肩を狭め、ちらりとザックスの様子を窺ってくる。
 ザックスは、困ったように苦笑を漏らした。モンスターは退治できても、ティファが子供たちを叱るのを邪魔することはできない。
 ザックスが首を竦めると、子供たちは焦ったようで、意を決して訴えた。
「僕たち、ティファの力になりたかったんだ」
「私の?」
 それはティファにとって、思いがけない言葉だった。驚いた少女の顔から、強面の仮面がはがれてしまう。
「ティファ、最近ため息ばっかりついてたでしょ?」
「俺たちで慰めようって話してたんだ」
 身に覚えがない、とは、言えないようだった。当惑するティファに、子供たちは口々に畳みかけた。
「僕たちも、村の見回り手伝うよ」
「ザンガン流拳法、俺たちも教わってさ」
「ダメよ。危ないし、みんなにはまだ早……」
「なんでダメなの? ティファはやってるのに」
 少女は頬を膨らませ、不服そうに尋ねた。返答に詰まってしまい、ティファは、ちら、と、ザックスの様子を窺った。
 村人同士のやり取りに余所者が口を出しても、ろくなことにならない。ザックスは経験上、それをよく知っていた。
 だからザックスは、じっと黙って、少し笑って、四人の様子を見守っていた。そんな彼を、ティファは恨めしそうに睨みつける。
 彼女の回りを取り囲み、子供たちは言った。
「なぁティファ、いいだろ?」
「俺たち、七不思議のボムの情報も手に入れてたんだぜ。きっとティファの役に立てると思うんだ」
「でも、さっきみたいにモンスターに襲われたらどうするの」
「大丈夫よ。ピンチになったら、ヒーローが助けに来てくれるんでしょ?」
 小首を傾げ、女の子が愛らしい笑みを浮かべた。『ヒーロー』と聞いて、今度はザックスが、ティファの様子を窺った。
 ティファは瞠目して、子供たちを見下ろしていた。キラキラした彼らの顔を見ていられずに、ティファは、きゅ、と口唇を噛んだ。
 子供たちに『ヒーロー』の話をしたのは、ティファだった。モンスターに怯える彼らを励まそうと思ってしたことだったから、ティファは、なにも言えなくなってしまった。
 ニブルヘイムは、そう大きな村ではない。魔晄炉があるという以外は、目立つ要素のない辺鄙な村だ。
 年頃の若者たちは、皆都会に旅立ってしまった。残された村人たちの内、ニブル山のガイドをしていたティファの父親は、つい先日、魔晄炉から湧きだしたモンスターの大群襲われて、負傷した。
 平和な村は、モンスターへの備えは十分でなかった。村は、今まさに、大ピンチだった。
 ティファは思った。きっと、あの夜の約束通り、『ヒーロー』が助けに来てくれる。しかし、いくら待っても、『ヒーロー』が現れる気配はなかった。
 どうして来てくれないのか、と、恨んでしまうのは嫌だった。だからティファは、殊更明るく振る舞った。
 彼も、みんなも、村を捨てたわけじゃない。きっと帰ってきてくれる、それまでは、私が村を守らなきゃ。──そう思って努力する内、少しずつ消耗していた。
 子供たちが、黙りこくって俯くティファに、恐る恐る寄り添ってきた。知っていたのか、という驚きが、気づかれていたのだ、という羞恥に変わる。
 きっと今、自分は醜い顔をしているに違いない。嬉しいような、悔しいような、恥ずかしいような。そんな顔を子供たちに見せたくない、と、ティファは頬を赤くして、口唇を噛みしめていた。
「……ティファ?」
 女の子が、遠慮がちに問いかけた。怒らせてしまったろうか、と、不安が彼らの顔を曇らせている。
 状況は、大分煮詰まってしまったようだった。ザックスは、もどかしいような、なんだかくすぐったいような気持ちになって、四人に歩み寄ると、男の子の頭をくしゃりと撫でた。
「よーし、お前たちの言いたいことはよくわかった」
 ザックスは、わざと大きな声を出した。馴れ馴れしい彼の振る舞いに、男の子は顔を顰め、身を捩った。
 嫌がられれば、無理強いはしない。ザックスは、手をすぐに引っ込めた。行き場を失った手を腰に添えて、ザックスは、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「ティファを助けてやりたかったんだよな。偉いぞ、みんな。でもそれなら、ティファに心配かけちゃダメだ」
 子供たちはきょとんとして、ザックスを凝視した。顎を引いていたティファも、ゆっくりと顔を起こした。
「いくらティファのためだからってさ。それでみんなが怪我したら、ティファも悲しむし、親御さんだって悲しむだろ。なぁ、ティファ」
 やたら感情のこもった言い方で、ザックスは言った。促されるようにティファを見上げて、神妙な顔をして、女の子が尋ねた。
「ティファ、心配したの?」
 控え目な力で腕を引かれ、ティファが下を向くと、子供たちは皆、泣き出しそうな顔をしていた。無邪気な彼らに、これ以上心配をかけたくはない。そう思って、ティファはぎこちなく笑みを刻んだ。
「うん、すっごく心配した」
 そう言って跪くと、ティファは周りにいた子供たちを包むように抱きしめた。
「よかった、みんなが無事で」
 たどたどしかったティファの笑顔が、子供たちの温もりに和まされ、柔らかくなっていく。緊張が緩んだのか、子供たちは我先に、と、ティファにしがみついた。
「ごめんなさい、ティファ」
「ティファごめん、心配かけて」
「いいのよ。ごめんね、私もみんなに心配かけちゃってたね」
 微笑ましい姿だった。一段落ついて、うまくまとまったように見える。
 なんだか照れ臭くなって、ザックスは軽く体を横向けて、鼻の下を指で擦った。そうして大きく伸びをすると、スクワットをして立ち上がるついでに、背中に担いでいた剣を掴んだ。
「よし。仲直りも済んだところで。みんな、安心しろ。俺が来たからにはもう大丈夫だ」
 ザックスが大きな声を出すと、みんなが顔を起こし、それを見上げた。注目を浴びるとザックスは得意になって、剣を掲げ、続けて言った。
「魔晄炉のモンスターは、みんな俺が退治してやる。なにを隠そう、この俺が、みんなお待ちかねの『ヒーロ……」
「危ない!!」
 せっかくの見せ場だったのに、男の子がザックスの決め台詞を打ち消した。そして、大きな力で突き飛ばされたかと思うと、モンスターの金切り声に目を瞬かせた。
 先刻倒したはずのニブル山のボムの内、最後の一匹がくたばりぞこなっていたらしい。皆が油断をしているところに、襲いかかろうとした卑劣ななモンスターが、ティファの猛烈な回し蹴りで、山の向こうへ吹っ飛んでいく。
「ティファすごーい!」
「かーっくいーい!」
 ザックスは瞠目し、逞しくも可憐な少女を凝視していた。ティファは上に伸び、胸を張って、清々しい顔で振り返った
「ごめん、ザックス。なにか言ってた?」
「いや……」
 ザックスの頬は引き攣って、ピリピリとした痛みを感じた。取り出したばかりの剣を背負って、苦笑するザックスに、ティファは不思議そうな顔をして、それならいいけど、と、呟いた。
「危ないところだったわね。他にもモンスターがこない内に、みんな、帰ろっか」
「はーい!」
 周りで盛り上がっていた子供たちの手をとって、ティファが歩き出す。それに続こうとした男の子の腕を掴むと、ザックスはその場にしゃがみこみ、彼の耳元でそっと尋ねる。
「なぁ、ティファって強いのか?」
 一瞬の出来事すぎて、あの少女が強壮な格闘家であるなどとは、俄かには信じがたい。
「ティファは、村で一番強いんだ」
 疑わしげな顔でいるザックスに、男の子は、少し誇らしげに頷いた。それを聞いて、ザックスの頬に先刻と同じピリピリとした痛みが走る。
「マジかよ…」
 ザックスの呟きを置いてけぼりにして、男の子はティファを追いかけ、走り出した。子供たちと両手を繋ぎ、もう一人に囲まれながら、ティファが村の方へと歩いていく。ザックスは乱雑な頭をぽりぽりと掻くと、周りにモンスターの気配が無いのを今一度確かめて、同じように山を下りていった。


 大分落ち着いたのか、子供たちの表情は軽やかだった。ティファに促され、彼らはザックスに、助けてくれたお礼を言った。気にするな、と、格好をつけるザックスに、彼らは余所者への警戒を解いたようだった。
「私、みんなを家に送ってくるね」
「ああ、じゃあな」
 やはり、怖かったのだろう。村に近づくにつれ、子供たちの足取りは早くなっていく。駆けだした彼らを追いかけて、走りだそうとしたティファが、足を止めて振り返る。
「ザックス、さっきはありがとう」
 乱れた髪を耳にかけ、少女が微笑むのを見ると、照れ臭い気持ちになった。
「モンスター退治は、ソルジャーの仕事だから。ま、最後には、ティファにいいとこもってかれちゃったけどな」
 拗ねたように言ってはみたものの、別段、不満を感じていたわけではない。ザックスの軽口にクスクスと微笑んで、ティファは手をあげた。
「また明日ね」
「おう!」
 駆けていくティファの後ろ姿が、段々遠くなっていく。ふと、ザックスは疑問に思った。気持ちいい返事で送り出したけれど、また明日、とはどういう意味なのか。
「…まあ、いっか」
 明日になれば、わかることだ。わからないでいることはあまり気持ちいいことではないが、わからないことがなにもないのも、面白いことではない。
 ポケットの中から金のカケラを取り出して、ザックスもまた、ニブル村へと戻っていく。七不思議の少年の驚く顔を期待する、ザックスの表情は柔らかだった。
 出逢いはいつでもどこにでも、容易に訪れるものだ。
 かといって軽視できるはずもなく、それらのひとつひとつが、明日を彩る輝きになる。
 ああ、なんて素晴らしい一日。
 ああ、なんて、素晴らしい人生。