JINGLE☆JINGLE<05>
クラウドが渡そうとする手紙を、ヴィンセントは目を丸めて見下ろしていた。
珍しい顔だ、と、クラウドは思った。
「あんたが電話に出ないからだぞ」
クラウドが手を突き出すと、ヴィンセントはようやくそれを受け取った。
マントの深い襟の中に苦笑を洩らして、封を開ける彼を見ながら、クラウドは嘆息した。
「メールを送っても返事がないし」
「…ちゃんと見ている」
「返信しろよ」
クラウドも、人のことを言えた義理ではない。
連絡が繋がりにくいのはクラウドも同じだからだ。
けれど、仲間の内で一番捕まりにくいのは今目の前にいるこの男だ。
人気もなければ電波もないような辺境を点々としているヴィンセントと、今日会えたのはラッキーとしか言いようがない。
「確かに受け取ったと、伝えておいてくれ」
「それだけか?」
他になにか必要か、と、言いたげな顔だった。
きり、とヴィンセントを睨みつけて、クラウドは言った。
「あんたをちゃんと連れて来い、って言われてる」
「信用がないな」
別に、そういうわけじゃない。
眉を顰めたクラウドに、ヴィンセントは笑って言った。
「約束しよう。必ず行く」
それを聞いて安心して、クラウドは胸を撫で下ろした。
これで、女性陣に文句を言われずに済む。
「しかし、そうか、そんな時期か…」
ヴィンセントが感慨深げに呟くのを、クラウドは不思議に思った。
人のいる場所を避け、あえて関わりを避けている彼にとっては、日付の感覚も曖昧なのかもしれない。
「みんな、楽しみにしてるんだ」
「お前はどうなんだ?」
ヴィンセントに聞かれて、クラウドはぱちりと瞬きをした。
フェンリルの傍らに佇みながら、クラウドは小さくため息をついた。
ヴィンセントと連絡がついたのは、コレルの顧客に荷物を届け終えた後だった。
ちょうど近くにいると言うので、ゴンガガの近くで合流した。
ヴィンセントと逢うのは久しぶりだった。
なかなか話す機会は無いけれど、彼といるとクラウドの気持ちは楽になって、いつもは口に出せない悩みも打ち明けることができた。
「プレゼントが、思いつかないんだ」
きっと、ヴィンセントの独特の間のとり方が、クラウドの心を急かさないでいてくれるお蔭だ。
黙って耳を傾けるヴィンセントに、クラウドはデンゼルとのぎこちなさと、ティファに頼まれた事実と経緯を説明した。
なにがいいと思うかと聞いても、ヴィンセントが適当な答えを教えてくれるとは思えない。
ただ、悩んでいる事実を知らせて、共感を得たかった。
そんな我儘を許せるのは、相手がヴィンセントだからだ。
「それは難題だな」
ヴィンセントの苦笑も、特別皮肉とは思わない。
期待していた共感が得られたことに安堵して、クラウドはため息をついた。
「もう、あまり時間がないんだ。なんにしたらいいのか…」
パーティの日はもう近い。
デンゼルとの距離感は微妙な状態で、本人になにが欲しいが聞くこともできない。
エッジから遠く離れているのをいいことに、クラウドはすっかり気を許して、思っていることを口にした。
もはや、考えることすら面倒くさいとすら考えている。
こんなことを言ったら、ティファには怒られるに違いない。
「諦めろ」
ヴィンセントの唐突な発言に、クラウドは俯いていた顔を上げた。
どういう意味か、と、眉を寄せて見上げていると、ヴィンセントは続けて言った。
「どうあがいたところで、お前の思い通りにはなりはしない」
微笑を携え、見下ろしてくるヴィンセントを見上げながら、クラウドはしばらく言葉の意味を考えていた。
ヴィンセントの声は、すんなりとクラウドの心の奥に届いた。
無駄な高さも、うるささもないからだ。
そして、クラウドの心の奥にある音と同じだからだ。
きっとクラウドも、同じことを考えていた。
考えていたのに、気付かないふりをしていただけだ。
「…わかってる」
だから素直に受け入れることができて、クラウドは、今日ヴィンセントと会えたことに感謝した。
威嚇する必要も、強がる必要もなく、単純に納得できていた。
「もう慣れた」
ふ、と、苦笑を洩らして、クラウドは言った。
受け取った手紙をマントの中にしまいながら、ヴィンセントもつられて笑った。
踵を返し、フェンリルにまたがると、クラウドはゴーグルに手を伸ばした。
クラウドが発つ先に、短い挨拶を交わして、ヴィンセントが森の奥へと消えていく。
夕暮れが焼こうとする空の下、クラウドはフェンリルを走らせた。
コレルの南にある、馴染みの店に立ち寄るために。